「ゲーム脳」徹底検証
トンデモ『ゲーム脳の恐怖』(2)

引き続き、『トンデモ本の世界』シリーズでおなじみ「と学会」の、山本弘会長にお話をうかがっている。

江戸時代のたった2例から理論を展開

山本 141ページのね、「歩くほどに脳が冴える」という項目で、いきなり二宮金次郎と伊能忠敬が出てくる。なんでこう、特殊な例を挙げるんでしょうね? だって、「歩くほどに脳が冴える」ことを言いたいんだったら、それはまず科学的に証明しなきゃ駄目じゃないですか。

――統計とってデータ化して。

山本 そうそう。そんな昔の人を2人だけ出してきても。じゃあホーキングはどうなるんですか? って思いますよね。

――そうですよね、明らかにデータ化できるのに、やってないところが多いですよね。記憶力の問題とか(78ページで「ゲーム脳人間タイプ」の人を説明している「学業成績は普通以下の人が多い傾向です。もの忘れは非常に多い人たちです」など)。ゲーム脳タイプの人は記憶力が悪いとか書いてあるのに、

山本 主観でしか書いてない。

――記憶力なんてのは、簡単にデータ化できるはずなのに。

山本 「ボーッとしていることが多く、集中力は低下しています」(同ページ)とか、書いてあるだけで具体的に示してないですよね。その人たちを集めてきて、データ採らなきゃ駄目なんですよ。

――テレビ朝日のニュースでやったんですよね。ゲームをよくやる子供たちと、やらない子供たちとで、やる子供たちのほうが落ち着きがないように放送してましたが、サンプルがそれぞれ4人ずつだったんですよ。

山本 4人ずつ!(しばし失笑) 少なすぎ。そんなの全然、学術的に意味がない。

――作為的にやろうとしても、簡単にできる人数ですよね。

山本 173ページ(「手をとって教えることの意味は大きい」)には、「有名な実話ですが、インドで、オオカミに育てられた二人の女の子の話があります」って書いてあるんですけど、これ、現在では疑問視されてるんですよね。本当にオオカミに育てられたのかどうかっていうのが。

――あ、そうなんですか。

山本 もともと脳に障害のあった子供が捨てられてただけなんじゃないかっていう説もあって。そもそもオオカミが人間の子供を育てるんだろうかと。

――有名な話ではありますけどね。


テレビゲームに慣れる感覚

山本 あと、お手玉。

――お手玉、お手玉。

山本 お手玉(笑)。そのちょっと前に、「楽しいことが重要なポイント」(126ページ)で、「楽しい運動によって海馬の記憶中枢の細胞が増殖する」(154ページ)と書いていて、お勧めするのが“お手玉”ですか?
基本的に、最初から結論ありきみたいな感じがしますよね。運動するのがいいんだ、みたいな。

――(178ページ「前頭前野の働きを高める方法があった」で)10円玉立てでも「ベータ波が一気になくなってしまいました」と書いてあって、「慣れてしまったのかもしれません」と続いているんですが、じゃあゲーム脳もただの「慣れ」なんじゃないかと。

山本 『テトリス』とか、1回遊んでみればわかるけど、慣れてきたら考えずにできるじゃないですか。それでベータ波が減るんだと思いますよね、単純に。ゲームやってない人間は、その感覚がわからないですよ。
僕らだったら、『テトリス』をやると、最初は本当に考えて、このピースをここに落とそう、とか論理で考えるんだけど、慣れてくると、やりながら別のこと考えられるじゃないですか。あ、ビデオの予約しなけりゃいけないとか。
だから、そういうのを知らない人にとっては、脳で論理的に考えなくてもパズルができるようになるっていうのが、わからないのかもしれない。

――そういう感覚が生まれるゲームって、『ゲーム&ウォッチ』の時代からありますね。

山本 将棋の話も出てきますよね。『ゲーム批評』のほうに、(慣れてくると)「考えるってことが必要なくなるわけですよね」と。そんなことはない。それは将棋やってる人に対する侮辱だろうと思うんです。
やっぱり将棋やってる人も、うまくなると、ある程度考えずに、それこそ論理的に考えなくても見えちゃうらしいんですよね。さっきの『テトリス』の場合と一緒で。脳がそういうふうに慣れてきて、ここだっていうのが直感でわかるって。そういう状態は悪くないと思うんですが。
『テトリス』にしても将棋にしても、慣れてくると、それこそ右脳が働いてるんじゃないかと思うんですが、誰か調べてほしいですね、ゲームやるときにどっちの脳が働くのか。


プログラマーはものを考えてないって?

山本 でも、いちばん調べてほしいのがね、森先生の講義を受けてる学生の脳波!

――(笑)

山本 もしベータ波が減ってたらどうするんだろう。退屈な講義だったとしたら、ベータ/アルファ値が下がるんじゃないかなと、ちょっと思うんですけど。

――でも、講義受けてるときにベータ波が下がる状態は、望ましくないと言えますからね(笑)。寝てるのがいちばんベータ波が下がる。

山本 この人の論理でいくと、寝るのも危ないですよね。「睡眠脳」になっちゃうから(笑)。

――『ゲーム批評』のほうでしたっけ、パソコンのプログラミングは考えるのがわずかだって。

山本 どういう作業をやったかによりますよね。ルーチンワークだった可能性もあるし。
どういう作業をやったか、種類によって、測定を分けなきゃ駄目でしょう。そのときそのプログラマーがどういう作業をやったかを書かなきゃ駄目なのに、それがわからないから。

――多分、見ても何をやってるかわからなかったんでしょう。

山本 プログラマーはものを考えてないなんて、そんな結論が出てくるのが不思議なんですよ。

――それこそ、「太陽は熱くない」的な発想ですよね。(※注1)

山本 確かにね。普通だったら、そういう結果が出たら、「頭を使っててもベータ波が減ることはあるんだ」って結論にならなきゃおかしいんだけど。


注1:「アダムスキー型円盤」で有名なジョージ・アダムスキーの説。太陽系の惑星にすべて人間のような生物が生きていると主張していた彼は、その自説に基づいて、「太陽は熱い天体ではなく、各惑星の温度は太陽からの距離とは無関係である」と結論づけていた。


何十万人にひとりのケース

山本 『ゲーム批評』で、「やっぱりゲームでフライトシミュレーションをして、それにのめり込んで、今度は本物の飛行機を乗っ取って、それを操縦してトンネルや橋の下をくぐりたいっていうような事件が起きますからね」と言ってますが。

――ま、実際起きましたけど。

山本 フライトシミュレーターやってる人間なんて日本中に何万人いますか? 何万人いる中で1人が事件を起こしたからって、因果関係があると言われても。
さっきの伊能忠敬の話もそうだけど、特殊な例を出してきて、一般論であるかのように言うっていうのは、論理的には絶対間違いですね。
それこそ、「ウチの教祖様にお祈りしたら病気が治った」っていうのと一緒で。治った人はいるのだろうけども、治らなかった人はもっといるでしょ?

――予言者が、当たった予言もあるけど外れたほうがはるかに多い、というのと同じパターンですよね。

山本 今、日本中にゲーマーって何万、何十万っているわけですよね。だから絶対その中には、事件を起こす人も出てくるんだから。事件が起こったからって、なんでゲームの影響だっていうふうに言えるんだろうかと。
あと、まえがきにあったこのエピソード、
「子どもが自分の飼育していたカブトムシが死んでしまい、親が悲しんでいる様子を見て、『パパ、電池を交換すればいいよ』と真剣な顔をして言ったそうです。この話に私は強い衝撃を受けましたが、子どもの脳に異変が生じていることは現実なのです」
僕ね、この話、20年以上前に聞いたことがあるんです。

――え? 20年ですか?

山本 随分昔に聞いた話ですよ。ゲームが台頭してくる前からある話です、これは。多分、都市伝説だと思うんですよ。森さんの友人の話じゃなくて、友人の友人の……ということだと思います。そういう話を出してこられるとちょっと困っちゃいますよね。


何でこんなに売れているのか

山本 とにかく全編、ゲームに対する偏見で満ちあふれていて、読んでておかしいんですよ。怒る以前に笑っちゃうから。

――でも、そんな本が現に売れちゃってる。こういう現状はどうなんでしょう?

山本 どうなんでしょうね。困ったもんですよね。

――「ユダヤ陰謀論」がはやった時期に、ちょっと似てる気がするんですけど。(※注2)

山本 『脳内革命』とか『神々の指紋』とかも売れましたからね。

――でも『脳内革命』や『神々の指紋』って、悪意はないじゃないですか。

山本 信じたがっている人がいると思うんですよね。僕らはゲーム好きだから、ゲームに害があると言われれば反発するけど、ゲームに害があることを望む人たちもいると思うんですよ。そういう人たちにとって、格好の材料だったんでしょうかね。特に教育関係者で、“子供がゲームするのはけしからん”とか思っている人たちにとっては。

――本の中身を読んでみて、おかしいということがわからないっていうのは、どうしてなんでしょうね?

山本 やっぱり気がつかないんじゃないですか? 肯定的な視点で見てしまうと。ホントに前頭葉使って読んでるのかな?

――さらっと斜め読みしてるんじゃないかなと。斜め読みすると一見……、

山本 正しく見えるんですけどね。よくよく読んでみると矛盾がいっぱい。

――2章の前半みたいな、脳に関する知識なんかは、割と本当だったりするんですよね。本当のことを巧みに混ぜているというか。
そう考えると、“トンデモ本”としてはおもしろみには欠けるかな、と。


山本 笑えるところは何ヶ所かありましたけどね。

――「サタンと漫才する女」みたいなおもしろさはないですけどね。(※注3)

山本 そういうのはさすがにね。
ゲームのやりすぎは良くないっていうのは、確かにそのとおりだとは思う。けど、この論理はおかしいでしょう。


注2:1986年、田中角栄氏の失脚からマンガ雑誌の台頭まで、何でもかんでもユダヤの陰謀だと決めつけた奇書『ユダヤが解ると世界が見えてくる』(宇野正美著/徳間書店)が大ヒット。これを受けて多くの“ユダヤ陰謀本”が、各社から出版される羽目になる。
この現象は『ニューヨークタイムズ』で取り上げられ、アメリカの議員が当時の中曽根首相に抗議するといった事態を招いた(と学会編/洋泉社/宝島社文庫『トンデモ本の世界』より)。

2002年末、かつて流行した「ユダヤ陰謀論」とほとんど同じ主張を展開した本が出版され、複数の大手書店で店頭に平積みになるという事態が起こった。したがって「ユダヤ陰謀論」は過去のものとも言い切れない。今なお根強くくすぶり続けているのである。

注3:『アトランティスのミンダ王女500機のUFO従え「生命の樹」へ』(ヤミリ・キリー記・桑原啓善監修/でくのぼう出版)のこと。霊能力者ヤミリ・キリー氏が、サタンと戦う様子が書かれているが、ここに登場するサタンが、『ぷよぷよ』のサタンをほうふつとさせる情けなさ。ふたりの会話はほとんど漫才と化している。『トンデモ本の逆襲』(と学会編/洋泉社/宝島社文庫)参照。


徹底的にやり合ったほうがいい

山本 トンデモ本というと、同じNHK出版「生活人新書」に、『地上星座学への招待』(畑山博・著)っていうのがあるんですよ。(※注4)星座と、沼の形が同じだっていう(笑)。この本、地図が載ってて、その地図に載ってる湖を線で結ぶと、獅子座になるとか、そういうことが書いてある。

――(笑)でも、沼と星座に相関関係があったからって、被害をこうむる人はいないじゃないですか。

山本 ゲームの場合はちょっとね、困っちゃうんですけども。

――ゲーム業界側の動きが鈍いなあって感じがしてるんですよ。

山本 堂々と言い返してやればいいんでしょうけどね。

――毎日新聞で最初に出たときに、エンターブレインの浜村社長(『週刊ファミ通』前編集長)が取り上げたのと、あと『ゲーム批評』11月号くらいですか。全体的にゲームの売り上げが落ち込んでるから、影響が多少あったとしても、埋没しちゃってて、それより全体的な不況そのものが深刻だという感じなんでしょうかね。(※注5)

山本 ホントにこういうのって、徹底的にやり合ったほうがむしろいいと思うんですよね。

――ただ、メディアがないっていうのもあるかもしれないですね。

山本 ああ、確かにゲーム業界が何言っても、取り上げる媒体がないかもしれない。

――「てんかん報道」のときは本当にそうでしたけどね。あれも、各ゲーム雑誌で言ってる人はいたんですが、全部ゲーム雑誌だったんで。

山本 うーん、メディアのほうが敵に回ってると、載せてくれないというのはありますね。

――どうですか、次の『トンデモ本の世界』でこの本を取り上げるというのは。

山本 やりますよ(即答)。

後日、『トンデモ本の世界T』で取り上げられました。


注4:『ゲーム脳の恐怖』巻末に広告がある。「地上に広がる湖沼群と天の星座の不可思議な相似。空から星が降りそそいだのか、地上の湖が天に昇ったのか。作家の謎解きが始まる」

注5:『週刊ファミ通』11月1日・8日発売号で、再び浜村氏がこの問題を取り上げた。これをきっかけに、ゲーム界でも『ゲーム脳の恐怖』の影響の深刻さを受け止め、真剣に対策が練られるようになるといいのだが。


と学会会長、『ゲーム脳の恐怖』をトンデモ本に認定/テレビゲームと運動の比較
森氏はゲームを知らなさすぎる/知らないからこそ出る結論
データと主観がごちゃ混ぜ/脳の問題じゃないだろう


江戸時代のたった2例から理論を展開/テレビゲームに慣れる感覚
プログラマーはものを考えてないって?/何十万人にひとりのケース
何でこんなに売れているのか/徹底的にやり合ったほうがいい


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