「ゲーム脳」徹底検証
斎藤環氏に聞く ゲーム脳の恐怖3

こんな人に脳波のことを語ってほしくない

――『ゲーム脳の恐怖』について検証されている、あるかたから、「bk1に斎藤環さんの書評が載ったからもうだいじょうぶだ」というメールをいただきました。

斎藤 (笑)全然だいじょうぶじゃないけど。本当はね、もっと権威のある脳波の専門家がやるべきなんですよ。たとえば、ポケモンのアニメで子どもたちがけいれん発作を起こした事件がありましたよね。あのとき、素早く的確なコメントで騒ぎを終息させた精神科医の高橋剛夫さんいう人がいます。この先生は30年間、視覚刺激と脳波の研究に携わって、自ら脳波計の改良も行った、斯界では天才とも呼ばれる権威中の権威です。
私は臨床医として脳波検査を日常的にやっているから、いちおう専門家の端くれだけど、こういう本物の権威が出てきて発言してくれるなら、本当に「だいじょうぶ」と言っていい。マスコミも、ホントは私のようなコンビニ精神科医じゃなくて、こういう本物にコメントを求めるべきでしょう。

ただ、精神科医もけっこうこの本を読んでいるだろうに、私のレベルの批評すらないのはおかしいです。みんな論理のほうばっかりやって、この人の出自のいかがわしさについては何も言わない。そういう批判のいやらしさは承知の上で、出自そのものがいかがわしい人だってことを、私はあえて言いたいです。
猛勉強して玄人はだしになったんだったら認めてもいいけど、そのレベルにはぜんぜん達してないんです。そもそも脳波のトレーニングをちゃんと受けてないんですよ。
そういう人に脳波を語ってほしくないですね。

脳波を理解するっていうのは、けっこう大変なことなんですよ。何百例も脳波を読んで、最低限の常識を身につけてからじゃないと、脳波については発言してほしくないんですよ。そのレベルを、いちおう私はクリアーしてますから、あえて言いますけれども、ゲームやってようがやってまいが、脳波に大した異常は出ないということ。これははっきり言いたいですね。

私が診ている青年たちにも、ゲーム好きの人は珍しくないですからね。そういう人の脳波に異常があったら、とっくに気づいてるわけですけれども、そういう異常性はありません。「ゲーム脳」が事実だったら、私もそれに注意して見ていきたいと思ってますけどね、でも明らかにこれ、売らんかなという意識、または始めに結論ありきという姿勢で書かれている、こういう堕落した精神の産物には、やっぱり徹底批判をしていく必要があると思う。


森昭雄氏の知識はシロウト以下

斎藤 この人にはもうちょっと、ちゃんと勉強していただきたい。肩書は教授かもしれんけど、脳波に関しては素人以下ですから。

――シロウト以下ですか。

斎藤 「素人以下」っていうのは決して誇張じゃなくて、普通アルファ波といったら、もうちょっとね、「瞑想の波」とか……。

――「リラックス」とか……。

斎藤 そうですよ。昔、アルファ波ミュージックだってあったじゃないですか。むしろこんな本が出たことで、そういうアルファ波業界のほうが心配ですよ。『アルファ波の恐怖』みたいな本ですからね。

「アルファ波はリラックス」っていうのも、ちょっと言われすぎましたけどね。でもその説のほうがまだ正しいですね。アルファ波っていうのは確かに、集中しているときの脳波であるとか、リラックスしてるときの脳波であるとか、そういうふうに脳が割と単純な動きをしてるときの波ですよね。だからひところ流行ったバイオフィードバック法なんかにも取り入れられた。で、ベータ波っていうのはやや複雑な動きをしてるとき、ノイズをたくさん拾っているときの波であって、そういう違いだと、私は単純に思いますけれどもね。それは思考が複雑だとかなんとかとは、全然関係ない話。

要するに、それだけの差しかないということ。集中してるかしてないかという差しかないわけで、目をつぶったり開いたりするだけで出てくる差異なんですから。そんなものをことごとしく取り上げて、『ゲーム脳の恐怖』とか言ってほしくないわけですよ。

――「前頭前野が働かなくなる」(96ページ〜)という説については?

斎藤 前頭前野は、環境ホルモンが話題になったときから、さんざん、ここがやられる、ここがやられるって言い続けられた部分ですね。でも「ゲーム脳」の場合は明らかに、“脳そのものがやられてしまう”というふうな文脈で語ってますから、もうその時点でかなりやばい本なんですけれどもね。
普通、こういう局所的な脳の活動を調べるんだったら、一般的にはたとえばPET(Positron Emission Tomography=陽電子放射断層撮影法)というのを使うんです。あれだとかなりはっきりと、活動部位がわかるわけですよ。


テレビ番組でまじめに検証すれば……

斎藤 テレビ番組ですけど、こういう医学的なことを、比較的まじめに検証しているのが日本テレビの『特命リサーチ200X』。ああいうところで、専門家を総動員して、検証すればいいんですよ。「ゲーム脳」が嘘だということがわかるんですから。

――でも、けっこうテレビのニュース番組でも、『ゲーム脳の恐怖』を肯定的に扱っていますよね。

斎藤 『特命リサーチ』は、半年くらいかけてやりますから、割とあそこはしっかりしていると思うんですよ。「ゲーム脳」はまさにうってつけのテーマだと思いますよ。調べりゃ出るんですから。番組でちゃんとPETを借りて、ゲームをやらせればいいんですよ。
あるいは、もう調べたのかもしれないけど、異常なんか出るわけないんで、番組にならないってことで流れちゃったかもしれませんけどもね。
「EMS-2000」みたいなショボいマシンじゃなくて、ちゃんと10−20式でやってもらって、それできっちりと「前頭前野の活動低下」ということが証明されれば、少しは受け入れてもいいですけれども。そもそも前頭前野しか調べられないマシンで何か言われても、それは誰も受け入れないでしょうね。
「画像情報は前頭前野に行かない」とか、「テンポが速く、思考の入るすきまがありません」とかね、このへんはほんと、憶測だけで書かれていて、非常にいいかげん。検証と憶測がごっちゃに書かれているところが、この本の問題の一つですね。


少年犯罪は増えてない

斎藤 実際問題として、ゲームの普及率はどんどん上がっているわけですけれども、子供がどんどんキレるかっていったらそんなことないわけで、その証拠に、犯罪率はむしろ低下してるわけですから。そのへんをもうちょっとちゃんと、理論づけてほしいですね。環境ホルモンが話題になったときもそうでしたけどね。
新聞記事で子供がキレてるうんぬんみたいな話があったとしても、それは要するに、そういうことが珍しいからトピックになるわけであって。環境ホルモンにしてもゲームにしても、少年が凶悪化してる証拠は何もないんですよね。臨床場面で見てもそう思いますし、犯罪統計を見ても明らかなわけで。こういうこと言いたがる人は、この統計をどう説明するんですかね。

――犯罪件数が減少しているってのは、新聞なんかにも出てますしね。(※)

斎藤 出てるわけなんですが、でも、こういうこと言いたがる人は、「キレる子供」って必ず出してくるわけですよ。「キレる子供」なんてのは、まあ彼らのシンボルですよね。シンボルでしかないんですけれども、あたかもそれが時代的、あるいは世代的風潮であるかのように言われてしまうところが、大いに問題だと思うんですね。

※注:『犯罪白書 平成14年度版』を見ると、少年犯罪は1980年代がピークで、平成に入ってから少しずつ減っている。
また、先日の朝日新聞に記事が載っていたが、日本は世界でも珍しいほど、20代の若者による殺人が少ないとのこと。普通どこの国でも、「人口あたりの殺人加害者の数」は20代男性がトップだそうだが、日本の20代男性はこの数値が年々減り続け、現在では50代男性の「人口あたりの殺人加害者の数」を下回るに至ったということだ。


「ストレス」に関する間違い

斎藤 だいたいの主要な問題点は指摘しましたけど、まだまだあります。いやあ、でもほんと、ゲームを悪く言うためにはあらゆる論理を動員してくるなあって感じで。
「緊張するゲームは脳のストレス」(112ページ〜)って言ってますけどね。「糖尿病を誘発することになりかねません」(117ページ)とか、わけのわからんことをいっぱい書いてありますけれども、無茶苦茶ですよ、この人のストレスの説明は。
ストレスには善玉ストレスだってあるわけですからね。ストレスを受けることによって、自律神経系のバランスが保たれたりもしますし。

そんなこと言ったら「ひきこもり」なんてノーストレスですよ。ノーストレスの状態は、心理的に、非常に耐え難い苦痛をもたらすわけです。ストレスがなければいいとは全然言えないわけで。
交感神経系もある程度ストレスを受けなければ、バランスが保てないわけですよ。交感神経優位がまるで悪いことであるかのように書いてますけど、全然そんなことはないわけで。むしろ一定の刺激を受けなければ、まずいわけです。

まずいストレスというのは、自分でコントロールできない状態のストレスです。つまり、嫌でもそこから逃れられないというストレスのことであって、ゲームのストレスは嫌だったらやめればいいじゃないですか。そういうストレスには、ほとんど危険性はない。

増して、その後に出てくる「海馬が萎縮してしまう」なんてね、これは要するにPTSD(post-traumatic stress disorder=心的外傷後ストレス障害)の説明なんです。確かにPTSDのケースでは、海馬の萎縮は報告されてますけれども、じゃあゲームは心的外傷、つまりトラウマなのか? と。ゲームやったらトラウマになるのか? と。
戦場での兵士のトラウマが、ストレスをもたらし続けるといった、非常に極端なトラウマのケースを持ってきて、海馬が萎縮するとか言うのはね、議論を誘導しまくりですよ。


「医学博士」は医者じゃない

斎藤 このかたは非常に、立場的に恵まれてないかたなんですよ。

――そうですね、それは感じました。

斎藤 前頭前野の活動低下をちゃんと検証したかったら、さっき言ったPETのほかに、fMRI(機能的磁気共鳴画像装置:functional Magnetic Resonance Imaging)とか、MEG(脳磁界計測装置:magnetoencephalography)なんかがまあ、研究者としては常識的な手段でしょうね。医学部の協力を得られないから、どれもぜんぜん手が届かないんですよ、かわいそうに。
被験者の協力もちゃんと得られてないし、医学部の協力も得られてないし、拙劣な研究環境で、自分で変なマシンを開発して、やらなければならなかったという意味では、たいへんお気の毒なかただなあという感じがしますね。

――なんか、立場的にはちょっと私も似てる気がするんで、共感できなくもないんですよね。医学業界の中心から、かなり離れたところにいて、医学部じゃなくて文理学部の教授じゃないですか。そこらへんの劣等感があるのかなーっていう。

斎藤 劣等感バリバリですよ。だっていきなり「医学博士」って書いてあるんですもん。こんなの、どうでもいい肩書ですよ。「医者かな」と錯覚する人も多かったと思いますが、ま、医者じゃないことははっきりしといたほうがいいと思いますね。これもはっきり言っておきますが、医学博士は誰でもなれるんです。別に医者じゃなくても。

こんな私だって医学博士ですからね。いかに博士号を取りやすいものかってことは、身をもって知ってます。あれは、それなりの研究室に所属して、ある程度まとまった論文書けば、だいたい誰でも取れるんですから。そうとうトンデモな論文であってもね。
“脳神経科学”ったってどういう“脳神経科学”かわかりませんしね。本当はスポーツ教育のほうの人だということで。なんか怪しい学会も立ち上げてますけれども。

――なんか、話を聴いてれば聴いてるほど、なんでこういう本が売れたのか、というかそれ以前に、なんで発売されちゃったのかなっていうのが、不思議ですよね。

斎藤 「なんでこんな本が?」ってのは確かにわからないところもありますけれども、話題を作りたい出版社側の事情と、何らかの利得にあずかりたい著者の事情とがうまくマッチすると、本というのは簡単に出せますからね。
「ひきこもり」なんか典型ですよ。「ひきこもり本」ってそれなりに売れますからね。支援活動してる人のところには出版社が行って、出しませんかと持ちかける。

――中には、ちょっとまずいと感じる本もあるわけですか?

斎藤 いっぱいありますよ、それは。なにか「ゴルフでひきこもりを治す」みたいな趣旨の本があって、方法論自体はまあいいとしても、そのゴルフ治療なるものが噂によれば年間1000万かかると。こういうのは、やっぱりちょっとね。

――うわあ。

斎藤 年間1000万かかるとなったら、いくらひきこもりが治るったって、普通は二の足を踏むんじゃないか。


「反射神経」に関する間違い

――134ページには、「ゲームは反射神経をよくするわけではない」という項目があって、「『反射』の場合には、基本的に大脳皮質は関与していないのです」と書かれてますが、これについてはいかがでしょう?

斎藤 この「反射神経」のくだりも、非常にいかがわしいところですね。
「反射神経が良くなる」と言った場合の「反射」っていうのは、大脳も確実に関与した反射のことを指してます。ところがこの人が言ってる「反射」ってのはね、脊髄(せきずい)反射のことですよ。

脊髄反射に大脳皮質が一切関与していないというのも、半分嘘です。実は脊髄反射に対しても、大脳皮質は、抑制するという意味合いで、関与する場合があるんですよ。だから大脳がやられちゃうと、反射が高進したりするんです。
つまりこの人が言ってるような、大脳皮質に行くか行かないかっていうのは、密には行ってないかもしれないですけど、まったく関与がないってのは明らかに嘘です。それが脊髄反射レベルであったとしても。

「ゲーム脳」に関して言えば、脊髄反射ではありません。脊髄反射というのは、あらかじめ組み込まれた、プリセットされた反射ですから、誰にでもあるわけです。
俗に言う「反射神経」は、明らかに大脳を介した、小脳も関与した、複雑な反射のことですから。

そういえばこの本、小脳のことを全然書いてないのはおかしいですね。運動系のことを言うんだったら、小脳のことを絶対書かなきゃいけないのに。
記憶のことだって、短期記憶と長期記憶しか書いてませんけれども、むしろ小脳系の記憶と、大脳系の記憶の区分について書いてほしいんですけど、そういうことは一切書いてませんね。


ゲーム業界にも後ろめたさがある?

――これほどいかがわしい『ゲーム脳の恐怖』に対して、ゲーム業界が反論しないのが不思議なんですよね。

斎藤 うーん、ひょっとしたらゲーム業界も、何か後ろめたさを感じているんではないかなという気がちょっとするんですよね。
もっと堂々と反論していいんだけども、ゲーム業界もそこらへんに関しては、実は内心、じくじたるものがあるんじゃないかっていう気がするんですよね。あこぎなことをしているという意識がどこかにあるんじゃないんですか、ゲーム業界側にも。

――ああ、なるほど。

斎藤 でもまあ、勢力バランスからいったら、「ゲーム脳」説は、ゲームの売れ行きに、そんなに大した影響は出ないだろうと、僕は思うんです。

――ただ、こういう批判に対して、常に避け続けてきたことが、“ゲームに対して批判的な層”の人々を作ってしまっているんじゃないかな、っていう気がするんですけど。

斎藤 そう思いますね。
まあ、よくある構図ではありますけれども、盛り上がった後は、なかったことになってしまうんじゃないかと思いますけどね。
そういった意味では、すごく話題にはなるんだけども、現実は大して変わんないみたいなことになって。まあ変わんなくて当然ですけどね。


『ゲーム脳の恐怖』は間違いだらけ/「脳波」に関する初歩的な間違い
アルファ波は「徐波」ではない/イーオス社のプロモーション?
脳波の現物がないのもおかしい/前頭前野しか測れない脳波計


そもそもいったい何を測りたかったのか?/「不関電極」をおでこにつけるのも間違い
脳波を測るならちゃんとした脳波計で/正しい脳波の測りかた


こんな人に脳波のことを語ってほしくない/森昭雄氏の知識はシロウト以下
少年犯罪は増えてない/「ストレス」に関する間違い
「医学博士」は医者じゃない/「反射神経」に関する間違い/ゲーム業界にも後ろめたさがある?


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