「ゲーム脳」徹底検証
斎藤環氏に聞く ゲーム脳の恐怖1

「ひきこもり」研究の第一人者として知られる斎藤環(さいとう・たまき)氏が、オンライン書店「bk1」に投稿した『ゲーム脳の恐怖』への書評が、話題になっている。
(bk1の書評を読む)
『ゲーム脳の恐怖』の論理的な破たんを指摘した批判は、先日の山本弘さんへのインタビューなど、ネット上にいくつか存在する。しかし斎藤氏は、論理以前に、脳に関する知識そのものが間違いだらけだと指摘する。
<取材・文 府元晶(ゲイムマン)>(2002.12)

斎藤環
精神科医。1961年、岩手県出身。1990年、筑波大学医学専門群(環境生態学)卒業。爽風会佐々木病院勤務。また、青少年健康センターで、思春期の電話・手紙相談を担当する。
著書『社会的ひきこもり 終わらない思春期』(PHP新書)、『「ひきこもり」救出マニュアル』(PHP研究所)、『戦闘美少女の精神分析』(太田出版)、『文脈病−ラカン/ベイトソン/マトゥラーナー』(青土社)など。NHKの「ひきこもりサポートキャンペーン」(http://www.nhk.or.jp/hikikomori/index.html)にも参加する、ひきこもり研究の第一人者。

『ゲーム脳の恐怖』は間違いだらけ

――bk1に書評を書こうと思われたのはなぜでしょうか?

斎藤 書評の中でも書きましたけれども、20代のゲーム好きの患者さんから、リクエストがあったっていうのが直接のきっかけですね。
僕は『ゲームラボ』という雑誌で連載を持っていて、そこで批判したんですが、「もうちょっとメジャーなところでやってくれ」という要望がありまして。
bk1だったら、私も以前、月に1度書評を書いてたこともありますし、読み手もけっこう多いでしょうし、そこがいちばんいいかなと。でも本当はこういう仕事、精神科医の香山リカさんにやってほしかったですね。『テレビゲームと癒し』(岩波書店)という本を書いていたり、ファミ通に連載持ってたりしたんですから。まあ、すでにどこかで批判を書かれているのかもしれませんけれど。

(※香山氏には後に『ネット王子とケータイ姫』の中で、この記事を取り上げていただきました。右のリンク参照)

――『ゲーム脳の恐怖』について、論理的ないいかげんさを指摘した批判は、この前の山本弘さんへのインタビューもありますし、個人サイトにもけっこうあったんです。ただ、斎藤さんの文章は、森氏の脳に関する知識そのものに焦点を当てたのが新鮮だと思いました。

斎藤 ほんと、穴だらけの本なんで、批判するのは簡単なんです。
ただ、“脳に関する間違った認識”について、専門家からの指摘が少ない。みんなさすがに、「いくらなんでも大学教授なんだから、基本的な間違いはしないだろう」という、好意的な先入観があるんでしょう。
だけど、先入観を取っ払って眺めてみると、やっぱりゴロゴロ見つかるわけですよ。
もちろん間違ってないところもありますけれども。脳に関する記述は、正しい情報が8割くらい。でも残りの2割に、とんでもないミスがゴロゴロしてる。
もし全部間違っていれば、誰が見てもわかるトンデモ本ですから、相手にされないんでしょうけども、生半可正しい部分もあるだけに、たちが悪いですね。


「脳波」に関する初歩的な間違い

――私も確かに、森氏の脳についての知識自体は、そんなに間違ってないだろうと思っていましたが。

斎藤 この本には、アルファ波がまるで異常脳波みたいに書かれてますけれども、そういう事実はありません。
このかた(森昭雄氏)は多分、脳波をちゃんととったことがないかたなんですよ。脳波という存在は知ってるけれども、測定をきちんとやったことがないんです、おそらく。
脳波をとるときって、普通目を閉じてとるんですが、目を閉じると、だいたいアルファ波優位になるんです。それが正常な状態ですね。で、目を開けると電位の低いベータ波が出てくるわけです。

要するに、アルファとベータの逆転って、たったその程度で起こせるんですよ。「この人、脳波とったことないな」って思ったのはそこですよね。アルファ、ベータの差なんてその程度でいくらでも逆転できるということを、経験的にご存じない。
アルファもベータも基本的に正常脳波で、しかも簡単に切り替わる。これはむしろ我々にとっては常識ですから、こういう常識がしっかりあれば、“ベータが多い人がものを考えてて、少ない人はものを考えてない、痴呆だ”とか、そういうとんでもない論理は出てこないわけですよね。

それからまあ、もっととんでもない間違いは、bk1でも書きましたけれども、アルファ波、ベータ波の解説が間違っています。これはもう本当に初歩的な間違いです。
55ページに、「アルファ波のような大きくてゆっくりした波(高振幅徐波)」とありますけれども、もうこれが間違いです。アルファ波は「徐波」ではありません。正常脳波です。特殊な場合を除いては、アルファ波は異常脳波とは呼ばれません。それから、大きいかどうかはアルファ、ベータを分けるときには関係ありません。


アルファ波は「徐波」ではない

――「徐波」というのは、異常な脳波のことなんですか?

斎藤 基本的に異常脳波です。シータ波とデルタ波が「徐波」です。アルファ波は正常脳波の範ちゅうであり、これが徐波と呼ばれることはあり得ません。異常なアルファ波というのは存在しますが、それは特殊な場合です。
それからベータ波。「考えごとをしたり、頭を使うようなことをすると」というけれど、要するに単に、いろんなノイズが多いときに出てくる波です。
さっき、「目を開くと出てくる」と言いましたが、目を開くと視覚刺激が入ってきますから、ノイズが増えるわけです。決して、目を開いてるときに物事をよく考えてるわけではありません。

脳波のメカニズムについては、まだこれといった定説がありませんから、そういった意味では、仮説の1つということになりますけれども、臨床的にはベータとアルファの違いっていうのは、物事を考えてるか考えてないかの違いでは、全然ありません。何度も言いますが、脳波というのは目を閉じたり開いたりするだけで、切り替わる程度のものなんですよ。だから全然そんな大したものじゃないっていうことを、残念ながらこの人は、ご存じなかったということですね。

――そこが崩れると、この本全体が……

斎藤 全体がおかしいんです、はい。論理がどうこうなんてそんな、この人のために頭を使って批判してあげる必要なんかないんですよ。

――(笑)

斎藤 それ以前に、知識自体が間違ってるんですから。山本弘さんもすごく緻密に反論していらっしゃいましたけれども、その頭脳がもったいないです。こんなものに頭を使うよりは、別の本に使っていただきたいくらいです。

――でも世間的に、随分大きな影響になってますから。

斎藤 なるでしょうね。子供がゲームに熱中することを快く思わない層には、すごくアピールするでしょう。単に「権威のある専門家が、ゲームをやると脳がおかしくなると言っている」という文脈だけで、それ以上誰も細かく読んでないというのが実状だと思います。だから、いかに人が、本をちゃんと読まないかってことの証明ですよね。

――そうですよね。マスコミであれだけ取り上げられるというのも。

斎藤 マスコミのみならず、文化人、知識人と呼ばれている人が、いかに理系の殺し文句に弱いかということがよくわかりました。誰も中身を理解なんかしてませんからね。ただ単に理系っぽい文章で、専門的な言葉で、「ゲームをやりすぎると脳がおかしくなりますよ」と書いてあるだけのことでしょう?


イーオス社のプロモーション?

斎藤 脳波の機械の説明(56ページ)なんて、本人もわかってるかどうか、極めて怪しいと思いますよ。

――この脳波計を開発してるのは、静岡県三島市の「イーオス」っていう会社だそうで、ここにも取材を申し込んだんですけど、1か月以上経っても、返事が来ないんですよ。
(※このリンクをクリックすると、先方のアクセス拒否により「HTTP 403」エラーが出ます。
 一度「更新」ボタンをクリックすれば、ホームページは表示されます)

斎藤 そりゃ来ないでしょう。私は、「『ゲーム脳の恐怖』という本は、この脳波計のプロモーションではないか?」という疑いを持っています。
まあ、教材として買われるのか、金持ちがドラ息子の教育のために買うのか、わかりませんけど。とにかく、この本が出て、この機械が90万で買えるとなったら、買う人は必ず出てきます。プロモーション効果は確実にあるわけです。
ま、その意図があったかと聞かれれば多分本人は“ない”とおっしゃるでしょうけど、そうでもなければ、論文にもなってない、こんな極めて粗雑な作りの、拙速の見本みたいな本が、出てくる理由はないですからね。プロモーションと考えると、いろんなことが説明しやすくなる。

――こんな粗雑に作った本が、これだけ売れちゃうっていうのは、私も本書いてる人間として、嫌ですね。

斎藤 でもねー、そういうもんでしょう。キャッチコピーで売れるもんでしょう、本っていうのは。いかにちゃんと読まれてないか、いかに本の売れ行きは内容と関係がないかということだと思いますよ、それは。


脳波の現物がないのもおかしい

斎藤 脳波計に関しても、この人の理屈はとにかくとんでもなくおかしい。
「シールドされていない場所でも脳波を記録できる簡易型の脳波計を開発しました」と書かれてますけど、いわゆる国際基準の10−20電極法を用いた正規の脳波計を、外で使う機会もあるわけですよ。脳死の判定なんかはそれでやるわけですからね。それに最近は、スポーツ時なんかの脳波測定用にコードレスの脳波計までちゃんとある。これだってシールドされていない場所で使うためにあるんです。

ノイズの混入を防ぐためには、シールドされていたほうが望ましいのは確かです。だけど、シールドされてなければ脳波がとれないっていうのは嘘です。
どうしても厳密にゲーム中の脳波を調べるんだったら、シールドされた部屋の中に学生を呼んできて、脳波室内でゲームさせればいいだけのことで、何も簡易脳波計を開発する必然性はないんですよ。そこに、「脳波計のプロモーションではないか」という疑惑を感じるんですよ。でもこんな脳波計は、もちろん医学的にはまったく使い物になりませんから。

それに、そもそも簡易脳波計は、パソコン用に既に存在しているんですよ。bk1にも書きましたけど、10万円も出せば買えるんです。まあこれだってオモチャという点では同じですけどね。だから「EMS-2000」なんて、わざわざ買う必要は全然ないんですね。この機械に特徴があるとすれば、機械が勝手にアルファとベータの比率を計算してくれる点だけです。

――つまり、最初から『ゲーム脳の恐怖』の理論を示すために、そういう機能をつけたと。

斎藤 そうです。あらかじめね。
この本には、脳波の本物は1回も出てきてないんですよ。脳波のことをこれだけ書いているのに、脳波の現物を1枚も出さないっていうのは、異常なことです。
ホントこの人、ちゃんとした脳波計で、1回も脳波とってないんじゃないかって感じがしますね。あのトンデモな珍マシンでとっただけとしか思えませんね、これはね。

――その機械でとったのを前提として、全部書いてますからね。

斎藤 でもね、普通は、いくら一般向けの本であっても、脳波の実物を出しますよ。きちんと国際基準にのっとった方法でとった、本物の脳波をね。本物の脳波上のデータと、この簡易脳波計の測定結果が一致することをまず示して、あとは手順を簡略化するために簡易脳波計を使うなら、まだいくぶんかは説得性があります。でもこのかたは、そういう学問的に当然の前提をぜんぶすっ飛ばしている。専門用語で言えば「信頼性」と「妥当性」を検証しつつ「標準化」するという手順がすべて欠けている。新しい測定法を提唱するためには、どれも絶対に欠かせない手続きなのに。そういう「常識」を知らなかっただけなのかもしれませんが、だとしたら、そんな無知な人に教えられる学生がかわいそうだ。

まあ確かにそれじゃ、素人にはわかりにくいかもしれないけど、だけど、それをまず示して、その後で、その脳波に対応する、この機械の結果っていうのを出さないとですね、手順としておかしいですよ。素人向けだからって、バカにしすぎですよ。


※例えば脳力開発研究所のブレインビルダ。「EMS-2000」と価格がひとケタ違ううえに、シータ波も測定可能。日本大学の医学部や歯学部でも使われているそうだ。


前頭前野しか測れない脳波計

斎藤 だいたい、この脳波測定器がアルファとベータしかわからないってのはおかしな話なんですよ。ほんとに脳波をちゃんと調べるんだったら、シータ波とデルタ波も計測できなきゃおかしい。もちろん鋭波や棘波などもね。

――そっちのほうがむしろ重要と。

斎藤 いま述べたような波形がもし出現したら、これはほぼ異常だと言っていいんですよ。こういう波形は、もし覚醒時であれば、出ただけで異常脳波なんですから。(※)

――あ、そうなんですか。

斎藤 ええ。それが出ていたら、だいたい異常脳波と言っていい。異常脳波が測れないマシンの存在自体が、最初から結論ありきで作られたことを示してますね。それから、脳波を計測する部位も、ずっとこの人、前頭前野、前頭前野って言ってますけど、前頭前野の脳波しかとってないじゃないですか。

――あ。

斎藤 おかしいでしょ、それは。前頭前野に異常があると言うためには、前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉、全部とって、それで比較しなきゃ意味ないですよ。そういう比較をやってないでしょ、このかたは。

――そうですね、言われてみれば。

斎藤 そういった意味でほんとに異常な研究です。ここだけ取っても、いかにもおかしい。


※注:正常成人の場合、徐波は普通、睡眠時に発生する。ただし小児では、覚醒時でも徐波が検出される場合がある。(参考資料:マイクロソフト エンカルタ百科事典)

「双極誘導」と「単極誘導」

斎藤 もっと専門的な話をすると、この機械が「双極誘導」という方式を使うのはおかしいんです。双極誘導は、この本にも書いてあるように「二ヵ所の電位差」でしかないんですよ。
その部位での電気活動を調べるためだったら、「単極誘導」といってですね、一方は電位の変動が少ない所に基準を置いて、もう一方を活動している部位に置いて、その電位差の変動を記録する、こういう方法を使います。

双極誘導っていうのは「二ヵ所の電位差」でしかないので、極論するとその2か所がまったく同じ活動をしていたら、電位差はゼロになって、脳波は平坦脳波になっちゃう。そんなものを基準にするのはおかしいんです、明らかに。シンクロしていたら、電位差はありませんからね。

(次ページへ続く)

『ゲーム脳の恐怖』は間違いだらけ/「脳波」に関する初歩的な間違い
アルファ波は「徐波」ではない/イーオス社のプロモーション?
脳波の現物がないのもおかしい/前頭前野しか測れない脳波計

そもそもいったい何を測りたかったのか?/「不関電極」をおでこにつけるのも間違い
脳波を測るならちゃんとした脳波計で/正しい脳波の測りかた


こんな人に脳波のことを語ってほしくない/森昭雄氏の知識はシロウト以下
少年犯罪は増えてない/「ストレス」に関する間違い
「医学博士」は医者じゃない/「反射神経」に関する間違い/ゲーム業界にも後ろめたさがある?



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