ゲイムマンのダイスステーション

日本縦断ゲーセン紀行

120.富士と桜とやきそばと
〜静岡編(6)〜


スタート時点での「ゲーム路銀」は、「ゲーセン」にちなんで¥5,000(G千)。
ゲーセンでゲームをプレーして、1面クリアーするごとに、
「ゲーム路銀」は¥100ずつ増える。
(ただし、1プレー¥50円のゲームなら¥50ずつ、1プレー¥200なら¥200ずつ。
 ゲームをプレーするためのお金も、「ゲーム路銀」からねん出する)
この「ゲーム路銀」だけを交通費にして、日本縦断を目指すのだ!
(前回までのゲーム路銀 ¥9,085



2009年4月11日。昨日あれだけ歩いたから、さすがに全身筋肉痛。
沼津から、午前10時18分発の島田行きで、今日のスタート地点、吉原へ向かう。
211系と313系の6両編成。
今日も天気は良く、富士山と愛鷹山(あしたかやま)がきれいに見える。


吉原

10時31分、吉原駅着。
ディーゼル機関車DE10が止まっている。

吉原では、駅の南にある「富士と港の見える公園」から、
田子の浦を見ようと思っていたのだが、
考えてみれば、昨日、それに近い海岸を沼津から眺めていたから、
まあいいかと思って、吉原駅から外には出ず、早速次の目的地へ向かうことにした。

岳南鉄道のホームに、
見慣れない車両が止まっていた。
機関車のようだ。

東海道線の上りホームを、貨物列車が勢いよく通過。

続いて下りの側線に、
貨物列車がゆっくりと入ってきて、
目の前で止まった。

あらためて、10時51分発の島田行きに乗った。こちらも211+313の6両。
駅を出るとすぐ川を渡る。このあたりが田子の浦港のようだ。
岳南鉄道の線路が右に分かれる。工場街を進んでいく。住宅もみられる。
左右にいっぱい側線が現れ、10時55分、富士駅着。
ここで電車を降りて、身延(みのぶ)線のホームへ移動する。


富士

身延線のホームには、そばのにおいが漂う。
11時11分発の西富士宮行きに乗ろう。
おなじみ313系の2両編成だが、
東海道線の車両とは違って、
シートがセミクロスシートになっている。

隣のホームに、11時8分発の特急
(ワイドビュー)ふじかわ5号がやってきた。
車両は373系。
正面から見ると、313系とよく似ている。
特急の方が先に出発し、
私の目指す駅にも止まるのだが、
特急料金を節約したいので、見送った。

発車。住宅街を東海道本線と並走。すぐ右に曲がり、高架へ。左手に山並みが連なる。
柚木駅。降りられるドアは1つだけ。1両目の後ろ乗り前降り。
左に自動車学校、右にゴルフ練習場。
竪堀駅ではすべてのドアから降りられるが、ボタンを押さないとドアが開かない。

電車が少し右に角度を変えたことで、富士山が左の車窓からよく見えるようになった。
潤井川(うるいがわ)という川を越えると民家が減り、工場が多くなってきた。
線路が地平に下りた頃、再び民家が多くなる。

もう1本、川を越えると入山瀬駅。右のホームの向こうに自動車学校。
この駅の近くにある曽我寺には、曽我兄弟の墓があるらしい。
かつては福泉寺という名前で、『東海道中膝栗毛』に、
「久沢の善福寺といへるに、曽我兄弟の石碑あるをおがみて」
という記述がある。

駅を出てすぐ、左手の公園に保存されているD51が見えた。
建設中の高い高架橋の下をくぐる。今度は右手に富士山。
富士根駅ではいちばん前のドアからしか降りられない。
工場、住宅、農地が、パッチワークを成す風景が続く。
源道寺駅でも降りられるのはいちばん前から。
農地や、一部の住宅が、低い石垣で囲まれている。
11時29分、富士宮駅で降りた。(ゲーム路銀 ¥9,085-¥320=¥8,765


〜柚木(ゆのき)〜竪堀(たてぼり)〜入山瀬(いりやませ)〜富士根(ふじね)〜源道寺〜
富士宮

1回吉原で降りたからでもあるが、沼津からここまで1時間半かかった。
改札を出てすぐベンチがあったので、思わず腰掛ける。

北口側のペデストリアンデッキから、
駅舎を撮影。

駅前のビルとビルの奥に、富士山が構える。

さて富士宮に来たら、向かうはもちろん市名の由来となった、富士山本宮浅間大社。
デッキから下りて、広い歩道の駅前通りを歩く。看板の指示に従って左へ。

ほどなく、巨大な朱色の灯ろうが見えてきた。
奥には鳥居もある。

鳥居と富士山と桜の
組み合わせが美しい。

彩りもいいし。
この場にいる人々が、
めいめい写真を撮っている。

どこかから、キンコンカンコンとチャイムが鳴った。正午だ。
鳥居をくぐる。
富士山本宮浅間大社は、垂仁天皇(第11代)の頃の創建と伝えられる。
後に日本武尊(やまとたけるのみこと)が山宮に大神をまつられ、
806年(大同元年)、坂上田村麻呂が現在の地に遷したという。

桜吹雪舞い散る参道。
流鏑馬(やぶさめ)の像の脇を通る。

1193年(建久4年)源頼朝は、現在の朝霧高原で巻狩りを催した。
(曽我兄弟の仇討ちは、その時に実行された)
この際、当社に流鏑馬が奉納されたことにちなんで、
今では毎年5月に、流鏑馬祭が行なわれている。

小さな池にかかる橋を渡り、

大きな楼門をくぐると、
拝殿と本殿が見えてきた。

本殿は、特徴的な姿をしていた。
2層建てになっていて、
2階の屋根が拝殿の後ろから、
上に突き出しているのだ。

全体は朱塗りで、
一部の彫刻に彩色が施されている。
目の覚めるような鮮やかさ。

本殿・弊殿・拝殿と楼門は、1604年(慶長9年)に徳川家康が寄進したものだそうだ。
本殿は国の重要文化財。
拝殿の外から参拝。中ではちょうど結婚式が行なわれているところだった。

桜は散りかけてるけどまだきれい。
1本だけ、ほぼ満開の状態を
保っている桜の木があった。
隣にある、武田信玄が植えた
しだれ桜(の2世木)は、
もう葉桜になっていたけど。

南極観測船ふじの乗組員が
奉納した南極の石と、
約100キロあるという、
富士山の火山弾が並んでいる。

三嶋大社に続いてここでも、
私の単行本『レトロゲームが大好きだ』
ヒットしてほしいという願いを絵馬に書いて奉納。
絵馬を掛ける棚が、信玄桜の幹を囲んでいた。

向かって右側の小さな門を抜けた所に、
国指定特別天然記念物、
湧玉池(わくたまいけ)があった。
富士山の雪解け水が、溶岩の間から湧き出ているそうで、
1秒間に3.6キロリットルも湧出しているそうだ。
桜の花びらが散り、水面に次から次へと落ちてきているが、
池はそれらをすべて受けとめる、
穏やかな雰囲気をかもし出していた。

池はさらに南の方へ続き、川になっている。
それにしても桜吹雪が華やか。

川の周りは親水公園となり、
小さなお子さん連れの家族が大勢。

富士山本宮浅間大社のホームページはこちら

鳥居の下に富士宮やきそばの店が出ていて、いい匂いが漂う。
食べたくなったが、混んでいるようなので、ほかの店を探すことにした。
道路の向かいに、お宮横丁という野外フードコートがあり、
やきそばの店も何店かあるのだが、ここはもっと混んでいた。
お宮横丁のホームページはこちら

結局、少し駅の方へ戻った所にある喫茶店で食べた。
小さいけれどきれいな店舗。
富士宮やきそばと、ニジマスのミニづけ丼も食べる。

話には聞いていたが、本当に、一般的な焼きそばとはまるで違う。
まず、麺がもちもちしている。
粉状にしてまぶした、だし粉の風味もいい。
食べ続けていると、今度は肉かすの歯ごたえと旨みが効いてくる。飽きない。
ニジマスもあっさりとしていておいしい。
富士宮まで来た甲斐があった。

富士宮やきそば学会のホームページはこちら

景色もいいし、食べ物もうまい。すっかり笑顔になって駅まで戻る。
ただし、電車にはまだ乗らない。もう1ヶ所寄る所があるのだ。

駅を通り抜けて南口から出る。

イオン富士宮ショッピングセンター内にある
モーリーファンタジー富士宮店へ行ってみた。

ジャスコ富士宮店は、高さが結構ある建物なのに、2階建てというぜいたくな造り。
天井が高い。
モーリーファンタジーは、2階フードコートの隣にあった。
以前、津田沼で見た同店もそうだったが、
ゲームコーナーというより、室内遊園地といったコンセプトで、
かなり大きな遊具がある。
柱には、木の幹を模した装飾が成され、キャラクターの猫や虫がいる。
(昨日のラウンドワンにはコブラがいたが)

スペースの半分くらいがプライズ。あとはメダルとキッズ向け筐体、
プリクラ、パチンコ・スロット、乗り物、レースゲーム、音ゲー。
ゲーム路銀は稼げなさそう。

午後2時9分、富士宮駅着。身延線に乗って富士駅まで戻ろう。
次の電車は、ちょっと間があいて2時26分。
再び313系に乗って、富士宮を後にした。今度は座れた。
やっぱり富士山はきれい。
うららかな昼下がり。少しうとうとしかける。


富士

2時44分、富士駅着。
ゲーム路銀 ¥8,765-¥230=¥8,535
北口から出た。
富士駅は4月21日に、
開業100周年を迎えるらしい。

さっきの吉原駅のそばには、製紙工場があり、
私の地元の苫小牧市に似てて懐かしい、と前回書いたが、
富士駅のそばにあったのは、苫小牧と同じ王子製紙の工場。さらに懐かしい。

今度はこちらの駅前にある、
イトーヨーカドーに行ってみよう。

5階のファミリーランドへ。プライズ、プリクラ、キッズ向け筐体、メダル、
音ゲーなどの大型機、エレメカ、乗り物。小さなトランポリンまである。
1プレイ100円の小さな『リッジレーサー』があったので、やってみる。
以前これをやったときは、さんざんな結果に終わったが、
今回はそこそこうまくアクセルを調整でき、初級の4周までなんとかクリア。
ただし5周めの途中でゲームオーバー。
ゲーム路銀 ¥8,535+¥300=¥8,835

駅の通路を通って南口に移動。
振り返ると富士山が見える。

バスに乗って、新幹線の新富士駅へ行ってみたい。
現在3時30分。次のバスは3時35分。
すぐ来る! と思ったら……、

時刻表についている、この赤い印は何だろう?
「土・日・祝運休」
しまった! 今日は4時5分まで来ないのか。
歩いた方が早い。

ただ、特に観光地でもなければ、ゲーセンもなさそうな所へ行くのに、
30分歩くのもつらいし、タクシーに乗ってゲーム路銀を減らすのも避けたい。
あきらめて、富士駅から東海道本線で先へ進もう。

次の下りは、3時54分静岡行き。
富士駅に、レンガ積みの貨物ホームがあった。
旅客ホームも赤レンガの上にかさ上げされている。

313系2両+211系3両の、5両編成の電車に乗った。
富士駅を出る。住宅地を通る。身延線が右に分かれるが、
なお右側に側線が続き、富士運輸区の留置線につながっていた。
やがて築堤になって、大きな川を渡る。富士川だ。

海側は見通しがいい。
こちらに東海道新幹線の橋があるはずだが、
今見えている橋は形が違う。
どうやら東海道線と新幹線の間に、
もう1本別な橋がかかっているようだ。

山側は上り線の橋に、
ちょっと景色がさえぎられている。

富士川は、「富士川の戦い」で知られる。
平家の軍勢が、水鳥の羽音を源氏の攻撃と勘違いして、驚いて混乱し、
戦わずして逃げたとされているが、
実際に、源氏の武田信義の軍が夜襲を仕掛けようとしていて、
それで鳥が飛び立ったという説もある。
そもそもこの戦いでは、源氏側と平氏側に明らかな戦力差があったようで、
遅かれ早かれ平氏は撤退せざるを得なかっただろう。

ゆく水は矢をいるごとく岩角にあたるをいとふふじ川の舟(東海道中膝栗毛)

鳥の羽音におどろきし 平家の話は昔にて
今は汽車ゆく富士川を 下るは身延の帰り舟(鉄道唱歌)


電車は富士川駅に止まるが、ここは降りずに通過しますごめんなさい。
左手に王子製紙の工場。さらにいくつか工場が続く。住宅も多い。
右側は山になって、景色が見えなくなった。橋を1つ渡る。日本軽金属の放水路らしい。

午後4時ちょうど、新蒲原駅で降りた。
ゲーム路銀 ¥8,835-¥190=¥8,645

まず、ホームからもよく見える
イオンタウン蒲原で、
ゲームコーナーを探そう。


〜富士川(ふじかわ)〜
新蒲原(しんかんばら)

新蒲原駅の名前には「新」とついているが、
このあたりが江戸時代の蒲原宿らしい。

駅前に、漁船「さくら丸」が置かれている。
桜えび漁100周年を記念して、
1994年(平成6年)に設置されたそうだ。

駅の後ろに御殿山がそびえる。
桜の名所で、ここから見ても、
山の左半分がピンク色に染まっているのがわかる。

イオンタウン蒲原へ。
さまざまな店舗が、平屋で横に並んでいる。

「AMUSE」と書かれたあたりに行ってみると、
そこがゲームコーナー「りとるらんど」
(HOSHIYA AMUSEMENT)だった。

プライズ、プリクラ、パチンコ・スロット、メダル、キッズ向け、エレメカ、乗り物、
カーレースなど大型筐体、エアホッケー。エレメカが特に豊富。
『太鼓の達人』が1プレイ¥100。麻雀格闘倶楽部もあった。
プライズの景品として、柿の種が2瓶置かれているのがおもしろい。

ビデオゲームもある。麻雀もの、上海、そして『ゼビウス』があった。
ゼビウスは、何でも、サイクルスポーツセンター(伊豆市)に、ゲーム博物館というのがあって、
そこからレンタルされているらしい。懐かしのテーブル筐体だ。

最近TBS『DOORS』のアトラクションにもなった、『ゼビウス』を久々にプレイ。
アンドアジェネシス(インストラクションカードでは「アドーア・ギレネス」になっていた)
に苦戦したが、3回目で遂に撃破!
その後、海を渡り、ガルデロータをクリアした直後にやられてゲームオーバー。
結局エリア5までクリアー。(ゲーム路銀 ¥8,645+¥400=¥9,045
あと、ソルを1本出せたのがうれしい。

蒲原宿には、古い建物がけっこう残っているらしい。行ってみよう。
イオンタウンを出て西へ。住宅街の中の道を、合ってるのかどうか不安になりながら進む。
ヤマト食品と書かれた大きな建物の前に来たところで地図を開いて、
道を間違えていたことに気づく。
東海道線の南側を歩いていたのだが、蒲原宿は線路の北側だった。

不幸中の幸いは、踏切を渡ってすぐの所が目的地だったこと。
蒲原宿の西の端に到着。県道396号を渡り、西木戸跡からもう1本北の道へ。
ここから駅の方へ進んでいく。
この通りもやっぱり住宅地なのだが、ときどき、古い木造の町屋住宅が見られる。

志田家住宅は、
1854年(安政元年)の地震の直後に
建設されたといわれる。
国の登録有形文化財。
かつては、みそ・しょう油を
醸造する商家だったそうだ。

大正時代の白い洋館もある。
(旧五十嵐歯科医院)
こちらも登録有形文化財。

大正時代のガラスを使った家。

黒塀のある旧本陣跡。

『東海道中膝栗毛』で、弥次喜多が蒲原宿にさしかかったとき、
ちょうど本陣にどこかの大名が着いたところだった。
喜多八はどさくさに紛れて、大名の一行のふりをしてただ飯を食べる。
それがまさにこの場所だったのかもしれない。

その後、2人は蒲原の木賃宿に泊まる。
喜多八は、泊まり客の娘に夜ばいをかけようと、天井裏に向かうが、
間違って、隣で寝ていた宿のばあさんの布団に入ってしまい、
気づいてびっくりした拍子に天井を踏み割って、下の部屋に落ちてしまう。

江戸時代のはたご。
こういう古い建物が、
ごく普通の住宅地に点在するのがおもしろい。

夕方の太陽に赤く照らされる、
なまこ壁の「塗り家造り」の家。

これらの建物をながめながら、東へ東へと歩いているうちに、
駅が近くなってきたようなので、1本南の県道に向かう。

「蒲原夜之雪」記念碑の前を通った。
「蒲原夜之雪」は、歌川広重の浮世絵で、
東海道五十三次の1枚。
広重の描いた蒲原宿は雪景色だった。

県道を渡ると、すぐ近くが駅のホーム。ガードをくぐって駅に戻ってきた。
午後5時48分着。今日はもう少し先の駅まで進んでおこう。
次の下り電車は、5時59分発の浜松行き。
さっきと同じ、313系2両と211系3両の、5両編成だった。

新蒲原を出発。
住宅街を走る。左にヤマト食品やユニフーズの建物。その向こうには国道1号線の高架。
右は住宅地の奥に山が連なる。

蒲原駅は通過します、ごめんなさい。
昔、ムーンライトながらに乗ったとき、
大雨のために、この駅で3時間も電車がストップしたことを思い出した。

左手、国道の高架が間近に迫る。その下からちらりと海が見えた。
やがて東名高速が合流し、高速道、一般道がほぼ同じ高さに来て並走。
午後6時5分、由比駅で降りた。(ゲーム路銀 ¥9,045-¥180=¥8,865
北西側にすぐ山が迫る。南東にすぐ一般道と高速道。その向こうはたぶん海。


〜蒲原〜
由比(ゆい)

由比の駅舎は北西側にあった。

桜えびが有名な由比。
道路のゲートの上に立つ、桜えびと水引が、
夕日を浴びてますます赤い。

駅前に1軒だけある食堂に、「桜えび定食できます」と書いてあったので
入ろうとしたが、その隣に、
「10日(金)16:00〜 11日(土)は臨時休業とさせていただきます。申し訳ありません」
と書かれた貼り紙が出ていた。

漁港の近くに別の食堂があるかもしれない。徒歩5分くらいらしいので、行ってみよう。
途中で通ったガード下のトンネルが暗かったけど、何とか由比漁港に着いた。

しかし漁港のお店は開いてなかった。
営業時間は午後3時まで。

トンネルを通って引き返すとき、真上を電車が通って、その音にびっくりした。
そういう場所なんだから、電車が通って当然なんだけど。

桜えびを売ってるお店はあるのだが、イートインがない。
来る途中にあった、すし屋に行ってみよう。

桜えびフルコースを注文。お店の壁に、昭和50年代の桜えび漁の写真が飾られている。
刺身で桜えびを食べたのは初めて。
身のぷりっとした食感に、殻の香ばしさと食感が合わさって新鮮な感覚。
釜揚げは身が締まり、殻はやわらかくなる。マヨネーズが合う。
酢の物もいいし、熱いだし汁に入れた「沖あがり」もいい。

そしてかき揚げの香ばしさとサクサク感。衣はほとんどない。お茶入りの塩が合う。
寿司はトラフグ、倉沢のアジ、ホウボウとともに。最後にお吸い物。さっぱり感がちょうどいい。

相当な量の桜えびを食し、大満足で駅に戻ってきたのが午後7時58分。
ちょうど東京行きの電車が出たところ。
次の8時14分の三島行きに乗って帰ろう。次回はここ由比から再開だ。

8時46分、沼津駅着。コインロッカーから荷物を取って、三島へ移動。
9時19分の新幹線で帰る。

現在のゲーム路銀
¥8,865

今回のルート
1.富士サファリパーク 2.富士山こどもの国
3.丸火自然公園 4.愛鷹山 5.松蔭寺
6.富士と港の見える公園 7.富士IC 8.広見公園 9.曽我寺
10.富士山本宮浅間大社 11.奇石博物館 12.大石寺
14.実相寺 15.富士川楽座 16.御殿山 17.旧蒲原宿
18.由比正雪生家・東海道廣重美術館・ゆい桜えび館

富士市ホームページ  富士宮市観光協会  富士山観光交流ビューロー
静岡観光コンベンション協会(静岡市・焼津市・藤枝市・島田市)  ハローナビしずおか(静岡県)
JR東海  岳南鉄道  静岡鉄道
次回、「日本縦断ゲーセン紀行 121.静岡編(7)」では、
再び桜えびを食べて、いよいよ清水港へ。
「日本縦断ゲーセン紀行 119.静岡編(5)」に戻る


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