ゲイムマンのダイスステーション 日本縦断ゲーセン紀行
215.3つのお城に囲まれて
スタート時点での「ゲーム路銀」は、「ゲーセン」にちなんで¥5,000(G千)。
2018年2月10日。8時起床。7時間寝られたが、目覚ましで起こされたから眠い。 ホテルで朝食をとる。 出発。天気予報を見て、午後から雨になることを覚悟してたが、既に降っている。 10時21分発の電車で長浜へ向かう予定だったが、早く出すぎて、 駅に9時57分に着いてしまった。 電車は1時間に4本あるが、そのうち2本は米原止まりで、長浜へ向かうのは残り2本。
10時40分、長浜駅着。今日のゲーセン紀行はここからスタート。 さすがに土曜日だと人が多い。 伊吹山は、ごくうっすらと見える。 駅前のえきまちテラスで、 映画「曇天に笑う」に関する展示と、スタンプラリーが始まっていた。 琵琶湖が舞台の作品ということで、滋賀県内9ヶ所で行なわれているらしい。 (※展示とスタンプラリーは2月28日で終了しています)
セレブレーションという紅茶と、シフォンケーキをいただく。 落ち着いた雰囲気の店内。テレビには、昨日から始まった平昌五輪。 地元を描いた風景画が飾られている。地元の小学生が描いたものも多い。 紅茶が来ると、果物の甘い香りでますます癒される。 セレブレーションは飲みやすくて、ケーキにも合う。
黒壁銀行と呼ばれて親しまれたこの建物は、その後紡績会社、専売公社を経て、 戦後はカトリック教会になっていたが、1987年(昭和62年)に教会が移転。 空いた建物の保存・活用を目指して、翌年「株式会社黒壁」が設立され、 1989年(平成元年)、この黒壁ガラス館がオープンした。 教会時代には壁が白かったが、このとき銀行時代の黒に戻されている。 この建物の保存を端緒に、周囲の建物も保存活用されていった。 今日、黒壁ガラス館を中心とした黒壁スクエアは、 滋賀県屈指の観光スポットとして発展している。 黒壁ガラス館の中に入った。天井が高い。銀行の建物らしい重厚さ。 八角形と小さな四角形を組み合わせた格間天井は、銀行時代からのものらしい。 明治の建物らしく、2階への階段が急。 そう大きな建物ではないのに、小さいながらも吹き抜けがあることに驚いた。 販売されているガラス製品の中に、かわいらしい小さなひな人形があった。 そういえば、町のさまざまな施設やホテルに、古いひな人形が展示されていた。 黒壁スクエア
長浜港から船に乗って、竹生島にも行きたかったが、 ゲーセン紀行だと運賃分が路銀から引かれるので、いずれ番外編でまた来よう。 冬場は船の便数が少ないし。 あと、トータル5日間も長浜にいたのに、結局ゲーセンに行けなかった。 事前に調べたところ、ゲームコーナーのありそうな大型スーパーが4店舗あったが、 いずれも長浜ICや長浜バイパスに近くて、駅からは遠い。しかもバスの本数が少ない。 また、次の彦根にゲーセンがそれなりにありそうなので、行かなかった。 次の米原方面行きは、午後1時4分新快速・網干行き。 30分に1本の電車だが、14分待ちなら、 呼吸を整えたりメモを取ったりする時間があって、ちょうどいい。
この時間帯だから、お客さんは少ない。クロスシートにゆったり座る。 昨日この区間を乗ったときは夕方だったので、なかなか混んでいた。 発車。左に伊吹山、右に琵琶湖。天気は悪いがどうにか見える。 米原駅手前で速度を落とし、止まったり進んだりして、増結。12両編成になる。 以前既に行っているので、米原では降りない。 米原を出ると、左に童夢の新社屋。以前来たときは工事中だったが、完成したようだ。 続いて新幹線の試験車両3両。 JR総研(鉄道総合技術研究所)の風洞技術センターと、ヤンマー中央研究所。 新幹線の線路が、右から左へオーバークロス。 左にフジテック。窓のないタワーが目立つ。エレベータ研究塔だ。高さ170メートル。 手前にソーラーパネルが並ぶ。 右手は平たんな農地になった。 遠くにポツンと1棟、大きな建物がある。多分エクシブ琵琶湖だろう。 山と山の間を抜ける。左に下水道の浄化センター。右に家並み。 左が山沿いの景色になった。ここが佐和山。石田三成の居城がこの上にあった。 右側の家々の向こうに、彦根城が小さく見えた。
昨日気づいてはいたけど、長浜駅では4両編成の最後尾の車両だったのが、 途中の増結で12両の最後尾になっていたので、改札への階段までが遠い遠い。
ようやく階段に着いたが、この階段がまた長い。息切れした。
井伊直滋は直孝の嫡男だったが、後年廃嫡されて出家した。
「おんな城主 直虎」の看板も、見られるのは多分今だけだろう。
佐和山遊園は、石田三成の顕彰を目的に、 一人の実業家の方が、佐和山のふもとに建てた施設。 天守閣や、金閣寺のような建物などがあるが、結局正式オープンすることはなかった。
近江鉄道の乗り場の近くに、「必勝」と書かれたポスターがあった。 今年の選抜高校野球に出場する、近江高校と彦根東高校を応援するものだった。 彦根市からこの2校。それに大津市の膳所高校を加えて、滋賀県から3校も選ばれている。
彦根駅は、彦根城と、佐和山遊園のお城と、マリアージュ彦根という、 合計3つのお城に囲まれていることになる。 駅の東側はもともと工場があった土地で、東口は2007年3月までなかった。 最近開発された地区なので、大きな建物が多い。
ザ・ビッグエクストラの中に、「ぷらっとらんど」というゲームコーナーがあった。 プライズと乗りものが主体で、ほかにプリクラ、レースゲーム「GTI CLUB」、 小さなエアホッケーなどがある。 「太鼓の達人」もあったが、小さなお子さん向けゲームスペースなので、 プレイするのはちょっと遠慮した。 ここから国道8号を北に少し歩くと、佐和山遊園に行けるはず。行ってみた。 しかし・・・ きわめて多くの車が猛スピードで通り、大型トラックも頻繁に行き交う道なのに、 歩道が全くない!
福井県内の国道8号では、雪のために車が立ち往生していたらしいが、 同じ国道8号で、徒歩なのに立ち往生するはめになるとは思わなかった。 イオンタウンに引き返し、サイゼリヤで昼ごはん。 グーグルマップを見ると、西側の細い道から、佐和山遊園へ行けそうに見える。 でも今日は疲れたし、時間もない。またの機会に挑戦してみよう。
1600年(慶長5年)の関ケ原の戦いで活躍した井伊直政は、 石田三成の居城だった佐和山城を与えられ、この地の領主となる。 直政は佐和山から、近くの山へ城を移す構想を持っていたが、 わずか2年後に没し、跡を継いだ嫡男の直継(直勝)が彦根城を築城。 さらに跡を継いだ弟の直孝が、1622年(元和8年)に城を完成させた。 駅前通りをまっすぐ進むと彦根城だが、 彦根城は1日かけてじっくり回りたいので、また日を改めて。
平和堂の店舗は、どんなテナントが入っているのかネットに情報がなく、 行ってみないとゲームコーナーがあるのかどうかわからない。
店内に入って案内板を見る。 3・4階に市役所の仮庁舎が入っているらしい。 ゲームコーナーはなさそうな感じ。 一応6階まで上がってみた。 外の光を取り入れる構造で、こんな天気なのに明るい。 鉄道模型のお店に、感動するくらいでかいジオラマがあった。 今は閉鎖されているが、昔は屋上まで行けた模様。 遊園地があったのだろうか?
1階に戻り、ひこにゃんグッズを購入。 午後4時半を過ぎたのでホテルに戻る。 夜、コンビニで弁当を買ってホテルで食べた。 ¥1,370 今回のルート
長浜観光協会 彦根観光協会 びわこビジターズビューロー(滋賀県) JRおでかけネット(JR西日本) JR東海 近江鉄道 次回、「日本縦断ゲーセン紀行 216.滋賀編(7)」では、 もう一度、佐和山遊園に行ってみた。 「日本縦断ゲーセン紀行 214.滋賀編(5)」に戻る 「ゲイムマンのダイスステーション」タイトルページに戻る 「ゲイムマンの日本縦断紀行」ブログに戻る |
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