ゲイムマンのダイスステーション

日本縦断ゲーセン紀行

31.まきばへ行こう!
〜岩手編(3)〜


スタート時点での「ゲーム路銀」は、「ゲーセン」にちなんで\5,000(G千)。
ゲーセンでゲームをプレーして、1面クリアーするごとに、
「ゲーム路銀」は\100ずつ増える。
(ただし、1プレー\50円のゲームなら\50ずつ、1プレー\200なら\200ずつ。
 ゲームをプレーするためのお金も、「ゲーム路銀」からねん出する)
この「ゲーム路銀」だけを交通費にして、日本縦断を目指すのだ!
(前回までのゲーム路銀 \8,320


2004年8月26日。
前回、睡眠不足からくる体調不良でダウンしたことを反省し、
今回は事前にたっぷりと寝たうえで出かけたかったのだが、
……アテネ五輪観戦のため、結局あんまり寝ていない。

都内での打ち合わせと、秋葉原での「ポスター貼りつぶし」の写真撮影を済ませ、
午後5時16分のやまびこ63号で北上へ。
車中でいくらか睡眠時間を稼ぐ。
8時20分、北上着。

北上

駅の周りを20分ほど迷った末に、ようやくホテルに到着する。
レストランは閉まっていたので、バーで魚料理を食べる。いい雰囲気の場所だった。

ところで今回は盛岡からスタートのはずなのに、なぜ私は北上に来たのか?
答えは簡単、盛岡のホテルがどこも空いてなかったのだ。
夏休み最後の週末だからだろうか?

明けて8月27日。9時起床。
10時11分発のやまびこ43号で盛岡入り。
10時32分着。


盛岡

よく晴れている。外に出ると暑いくらい。
駅前10番バス乗り場で、10時45分発のバスに乗る。
車両は長距離バスタイプで、適度に冷房が効いている。

前半は幹線道路、後半は一転して森の中を行く。
11時20分、着いたところは……、

小岩井農場
小岩井農場まきば園。
ゲーム路銀 \8,320-\720=\7,600)。
入場料\500を払って、中に入る。
入っていきなりこの景色である。
広大な芝生と、色とりどりの花。正面にそびえる岩手山。

小岩井農場は1891年(明治24年)、
小野義真(ぎしん)、岩崎彌之助(やのすけ)、井上勝によって創業。
3人の名前の頭文字をとって、「小岩井」と名づけられた。
(つまり、名前の由来はコナミと同じ)

まず、まだ食事をしていなかったので、山麓館でブランチ。オムライスを食べる。

上丸牛舎へ移動。牛のにおいがかすかにする。
展示資料館の建物は、明治39年にできた年代もの。
中は改装されて、冷房もついている。

小岩井農場の歴史が解説されている。もともとここは湿地で、木も生えておらず、
今ある木は、土壌改良された明治時代に植林されたものだそうだ。
鉄道庁長官だった井上勝が、
「自分が鉄道開発でつぶしてきた田畑のかわりに、この荒地を開拓したい」
と考えたことが、農場設立のきっかけだという。

小岩井農場の各事業についても、資料の展示を交えて紹介されていた。
もちろん酪農が中心だが、それ以外にも森林管理やニワトリの育成、
公園などの緑化コンサルタントまでやっているらしい。
かつてはサラブレッドも育てていて、
日本初の三冠馬・セントライトもここで誕生している。

周りの牛舎もたいへん古いもので、
ここにいると、今がいつの時代なのか一瞬わからなくなる。
(この牝牛舎は昭和初期に建てられた)

木陰で休む牛たち。

「シープ&ドッグショー」が午後1時から始まるので、いったんまきば園に戻る。
会場となる「ふれあい広場」に向かう途中で、ジュースを購入。
もちろん小岩井リンゴジュース。

「シープ&ドッグショー」がスタート。
土煙をもうもうと立てて、羊の群れがやってくる。
目玉は、牧羊犬に指示を出して羊を動かし、
チェックポイントを通過させる「シープドッグトライアル」。
楽しいショーだった。

隣の羊館では、羊に関する資料が展示されている。
大航海時代のスペインは、メリノ種の羊毛で富を築いたそうだ。
実際の羊も間近に見られる。

観光客の多いまきば園の中心から、少しそれた「まきばの天文館」へ移動。
この建物の周りでは、完全に時が止まっていた。
岩手山のふもと、羊たちが草を食んでいる。何ひとつ音が聞こえない。

チーズケーキハウスへ移動し、レアチーズケーキを食べる。
酸味が少なく、食べやすい。

その奥がSLホテル。
D51と寝台車両が連結され、寝台車の中が客室になっている。
SLの黒と客車の青が、森の緑や空の青と調和がとれている。

午後に入り、お客さんの数が増えてきた。
入場口近くで行列に並び、ソフトクリームを買って食べた。

山麓館でストラップを買って、出口へ。
最後にもう一度、上丸牛舎へ戻り、
農機具の展示や、宮沢賢治の詩碑を見る。

1907年(明治40年)にできたレンガのサイロが残っている。

多少道に迷いながら、散策路を抜けると、

小岩井乳業の工場にたどりついた。
見学もできるが、
ここに着いたのが見学時間終了10分前(3時20分)だったので、
そのまま元きた道を戻る。

小岩井農場のホームページはこちら。
小岩井乳業のホームページはこちら。

3時34分、バス乗り場に戻ってきた。30分発のバスが出たばかり。
4時ちょうどのバスまでは少々時間がある。
木工おみやげ品を製作・販売する「どんぐりコロコロ」の店内を見て時間をつぶす。

店を出ると、さっきのSLホテルがちょうど視界に入った。
遠くから見ると、緑の闇の中を走る銀河鉄道のようにも見えた。

映画『SWING GIRLS』のポスターが貼られた待合室で数分待つとバスがやってきた。
盛岡駅へ向かう。途中あったイオンにプラザカプコンがあったが、
ここに立ち寄ってしまうと、次のバスが来ないかもしれないと思ったので、
ごめんなさい通過します。
バスの途中下車は、先が読めないから不安。

少しうとうとしたところで盛岡駅に到着。4時35分。
ゲーム路銀 \7,600-\720=\6,880)。

盛岡

時間が余ったので、今バスで来た道を歩いて戻って、
夕顔瀬橋を渡る。

そして「いーはとーぶアベニュー」へ。
通りそのものは、マンションの立ち並ぶ普通の住宅街で、
変わったベンチがいくつか置いてある程度。

しかし、光原社の中庭にある喫茶店、
「可否館」はすごかった。
レトロ調、といっても作られた古さではなく、
使い込まれた本物の古さがある。
壁のレンガや木のくすみ、床の汚れ、ソファーの色あせ、
ランプ、ステンドグラス、振り子時計、
コーヒー豆をひくにおい等々が相まって、
どこの国でもない、ファンタジーの空間が構成されている。
アイスコーヒーを飲んで、しばらく休む。

光原社はもともと、宮沢賢治の『注文の多い料理店』を出版した会社だが、
現在は民芸品店になっている。

銅像の宮沢賢治は、優しい顔をしていた。

いーはとーぶアベニューを抜けて、まっすぐ進み、大通へ出た。
ゲーム路銀がちょっと不安になったので、
クラブセガでまた稼いでみよう。
前回と同じ場所から写真を撮ったが、
前回と違って、入口ののぼりがSugarの写真になっていた。
(この大きさではわからないが)

『ゼクセクス』はなくなっていた。
かわりに入ったのが、『ナムコクラシックコレクション』。稼げる!
早速『ディグダグ』アレンジモードで11面クリアー。
1面で出会い頭に火を吹かれていきなりミスしたけど。

続いて『ミスタードリラー2』。674mで終了。不調。
もう一度『ディグダグ』に戻り、……ってナムコのゲームしかプレーしてないな。
まあ、とりあえずまた11面クリアー。
ゲーム路銀 \6,880+\2,500=\9,380)。

6時30分。日が暮れている。街には学生さんの姿が多い。
今日の晩ごはんは、盛岡名物じゃじゃ麺。
前回の冷麺屋さんの隣だったので、ちょっと肩をすくめて店に入る。
今朝はちゃんと8時間寝たから大丈夫。じゃじゃ麺完食。
さらに、空いた皿に卵とお湯を入れた「チータンタン」というスープも飲んだ。

ストリートミュージシャンの澄んだ歌声と、
ハーモニカの音を聴きながら、
7時30分、盛岡駅に到着。
新幹線は30分以上来ないので、
東北本線・7時42分発の電車で北上へ戻る。
(ゲーセン紀行は明日盛岡から再開するので、
この運賃はゲーム路銀から引かない)
これがまたものすごい満員電車。
新幹線に乗らなかったことを後悔したが、
古館と紫波中央でかなりの人が降り、
花巻から先は座ることができた。
8時34分、北上着。

現在のゲーム路銀
\9,380

今回のルート
 

盛岡観光コンベンション協会  しずくいし(雫石町)観光協会
次回、「日本縦断ゲーセン紀行 32.岩手編(4)」では、
日本屈指のローカル線へ。
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