ゲイムマンのダイスステーション

日本縦断ゲーセン紀行

94.山手の博物館めぐり
〜東京南部・川崎・横浜編(10)〜


スタート時点での「ゲーム路銀」は、「ゲーセン」にちなんで¥5,000(G千)。
ゲーセンでゲームをプレーして、1面クリアーするごとに、
「ゲーム路銀」は¥100ずつ増える。
(ただし、1プレー¥50円のゲームなら¥50ずつ、1プレー¥200なら¥200ずつ。
 ゲームをプレーするためのお金も、「ゲーム路銀」からねん出する)
この「ゲーム路銀」だけを交通費にして、日本縦断を目指すのだ!
(前回までのゲーム路銀 ¥16,555




元町・中華街(山下公園)

2007年8月26日。
11時48分、元町・中華街駅着。
間違えて中華街側に出そうになり、
ホームに引き返してタイムロス。

5番口から外へ出た。
駅から左へ行くと元町だが、今日は右へ。
港の見える丘公園からスタートしよう。

まずは、関東大震災以前に
フランス領事館があったという広場から、
フランス山と呼ばれる、
木々の生い茂った丘を上る。

長い階段だが、木陰なので思ったほどきつくない。
……と思ったら、上り切った途端に息が切れた。ベンチで小休止。
今日も猛暑。前後左右から絶えずセミの声がする。

セミの声が響く中で、
フランス領事官邸跡を見つけた。
震災後、この地に再建された領事官邸も、
戦後すぐ火事で燃えてしまったそうだ。

「愛の母子像」と書かれた像があった。
1977年(昭和52年)、米軍機の墜落で亡くなった3人の人々(母親と幼い子2人)の
冥福を祈って建てられたそうだ。
そんな悲しい事故があったとは知らなかった。黙とうする。

歩いてたら、足もとにいた
猫を踏みそうになって、あわてて飛びのいた。
猫の方は泰然自若。

展望台に着いた。視界が開けた。

正面に横浜ベイブリッジ。

かつてこの下の道沿いに、横浜ジョイポリスがあった。
私がかつて出演した『TVチャンピオン』で、決勝戦が行なわれた場所だが、
私は1回戦で負けたので行ってない。
あのとき優勝していれば、少しは人生変わっただろうか?

左側にはマリンタワーや山下公園、
氷川丸、大さん橋が見える。

展望台の手前の広場には、公園の名前の由来となった、『港が見える丘』の歌碑がある。

バラ園(ローズガーデン)があるが、
今の季節はあまり咲いてない。
そのかわり、サルスベリの花が、
ピンク色できれい。

ローズガーデンの向こうに、
いよいよ山手らしい洋館が見えてきた。
1937年(昭和12年)、
イギリス総領事公邸として建てられた
「イギリス館」だ。(入館無料)
煙突や、アーチ状の窓が特徴的。

中に入ると、管楽器の音が聞こえてきた。
扉の向こうがホールになっていて、そこで行なわれるコンサートのリハーサル中らしい。
建物の中は涼しい。2階の各部屋を見ることができた。暖炉や丸窓がおしゃれ。

イギリス館の裏手に噴水がある。
横浜駅時代の桜木町駅前にあったものの
複製だそうだ。

噴水を挟んだ向こうに、
山手111番館がある。(入館無料)
1926年(大正15年)建築。

3連アーチをくぐって中に入ると、中央は吹き抜けのホールになっていた。
暖炉もある。2階の回廊が、ホールを取り囲む。
厨房の白い戸棚は、創建当時のものといわれている。
食堂は横浜家具を用いて、落ち着いた雰囲気が再現されていた。

山手西洋館のホームページ(横浜市緑の協会)

大佛次郎記念館へ行く(¥200)。
1897年(明治30年)、横浜に生まれた作家、
大佛次郎(おさらぎ・じろう)の原稿や、
出版された本・雑誌などを展示。

実は私、大佛氏の作品を読んだことがないのだが、
『鞍馬天狗』などの大衆小説や、『パリ燃ゆ』『天皇の世紀』などのノンフィクション、
さらにエッセーや童話と、幅広い作品を書かれていることを知った。

『パリ燃ゆ』『ドレフュス事件』『ブゥランジェ将軍の悲劇』の
元となった事件についても解説されていた。
民衆の圧倒的な支持を得ながら、後に悲劇に見舞われたブゥランジェ将軍の話が、
ライブドアの堀江さんに重なる。
戦前、軍部の台頭を危惧して書かれたという『ドレフュス事件』ともども、
一度読んでみたいと思った。

大佛氏が亡くなる直前に書いた、『天皇の世紀』の最終原稿や、
病床で書かれた『つきじの記』の文章が展示されていた。息が詰まる。

大佛次郎記念館のブログ

午後2時を回った。さっきの111番館で、チーズケーキを食べる。
あとアイスティーも飲む。
公園内では自販機が見つからなかったが、やっと水分にありつけた。

霧笛橋という橋を渡って、
神奈川近代文学館へ(企画展込み¥400)。
ホールに大型モニターがあり、
県内のさまざまな風景の映像が流れている。

展示室に入るとまず、夏目漱石の「漱石山房」の書斎を再現した展示がある。
漱石の『門』『こころ』は鎌倉が舞台。
漱石山房は早稲田にあったが、遺品が子孫の方から寄贈されたそうだ。

横浜市内の模型があり、それぞれの場所と作家とのかかわりを紹介。
「神奈川の風光と文学」というコーナーでは、地域ごとにゆかりの作品が解説されていた。
まず横浜。大佛次郎の『霧笛』『幻燈』をはじめ、吉川英治、谷崎潤一郎、有島武郎、
中島敦、獅子文六、山本周五郎、三島由紀夫、佐藤春夫が、
横浜を舞台とした小説を書いている。

川崎では岡本かの子と高見順。芥川龍之介の『トロッコ』は湯河原が舞台。
北原白秋の『雲母集』(きららしゅう)は三崎で書かれた。
鎌倉は前述のとおり、夏目漱石『門』『こころ』の舞台であり、
川端康成、里見ク、永井龍男、小林秀雄も作品を書いている。

次の部屋では、神奈川にゆかりの深い作家の生涯を取り上げている。
芥川龍之介、川端康成、永井荷風、谷崎潤一郎、岡本かの子、堀口大學、
中原中也、小林秀雄、堀辰雄、中島敦。
そうそうたるメンバーが神奈川に住んでいたことに驚くとともに、
それぞれの生涯が波乱に満ちていたことにも驚く。

企画展「佐藤さとる コロボックル物語展」(9月30日まで)。
『だれも知らない小さな国』に始まる、佐藤氏のコロボックル物語は、
アイヌ民族に伝わるコロポックルの物語と、
古事記の少彦名命(すくなひこなのみこと)の神話から着想されたらしい。
舞台は地元・横須賀の按針塚。

佐藤氏の生い立ちや、小人の物語を思いつくまでの経緯についても解説されている。
村上勉氏のコロボックルの原画も数多く展示。
『おばあさんの飛行機』の物語と原画がまるまる展示されていた。

神奈川近代文学館のホームページはこちら

時刻は午後4時16分になった。
公園を出て、岩崎博物館
(岩崎ミュージアム)に入る。(入館料¥300)

古代から現代に至る洋服の変遷を、1/2サイズの服で再現。
ロココ調の、膨らんだスカートのドレスなど、原寸のものもある。
19世紀〜20世紀初頭のファッション雑誌用の版画、
ガレやドームのガラス花器、アールヌーボー・アールデコ調の香水・石鹸のラベル、
ミュシャとルイ・イカールの作品、大きな柱時計などを展示。
ミュシャの描く女性の美しさに見とれる。
空間の狭さがかえって、幻想的な雰囲気を増している。

ここはかつて、ゲーテ座という劇場があった場所で、それに関する展示もあった。
ゲーテとはあのゲーテではなくて、英語のgaiety(陽気)から来てるそうだ。
ゲーテ座は関東大震災で崩壊したが、
現在この博物館の下に、山手ゲーテ座というホールが造られている。

2階中央にはギャラリーがある。現在の展示は、
齋藤眞紀展「世界の果てまで連れてって。」(9月2日まで)
奔放に飛び跳ねる、線と色とが気持ちいい。横浜の風景を描いた作品も何点かあった。

岩崎博物館のホームページはこちら

午後5時ちょうど。だいぶ日が傾いてきた。風が吹いて暑さは和らいだ。

外国人墓地の門がまだ開いていたので、
入ってみた。

入ってすぐの所にある資料館に、お墓の形や印の意味、
埋葬されている人々の功績などが展示されている。

丘の下に広がる墓地には、
公開時間を過ぎていたので
入れなかった。
はるか向こうにランドマークタワーが見える。

横浜外国人墓地のホームページはこちら

いかにも山手らしい洋館は、
山手十番館というレストラン。

十番館の横に広がる庭の中に、
山手資料館があるが、
ここも公開は4時までなので、閉まっていた。
山手に唯一残る、明治時代の洋館である。
ほかの洋館は、関東大震災で倒壊してしまった。
現在に残るここ以外の洋館は、
震災の後に建てられたもの。

山手聖公会の角を曲がる。
横浜山手聖公会のホームページはこちら

ブリキのおもちゃ博物館へ(入館料¥200)。
『開運なんでも鑑定団』でおなじみ
北原照久氏のコレクションが展示されている。
床に大きなムク犬が寝そべっていた。

棚にごちゃっと詰め込まれているように見えるが、
同系統のものは同じケースにまとめられているので、
見やすいばかりではなく、各ケースがそれぞれ違った雰囲気をかもし出している。

ピエロのケースからは、幼い頃サーカスを見に行ったときのワクワク感が。
ロボットのケースからは、未来と宇宙への憧れが。
アメリカ車のケースからは、古い映画の中のアメリカの風景が。

明治・大正期の日本製のものは、素朴な感じがするし、
同じ日本製でも、オキュパイド・ジャパンとなるとまた違う。

北原照久のおもちゃ博物館(ブリキのおもちゃ博物館など)

元町公園の前に、
古い形の電話ボックスがあった。
鶴見の総持寺の参道脇にあったのと同じものか?
公園の方からは、セミの声がする。

公園の周りに、山手234番館、
エリスマン邸(写真)、
ベーリックホールという、3棟の洋館がある。
もう遅いので、次回訪ねることにするが、
薄暗い中、洋館に灯る明かりが
温かそうだった。
山手西洋館のホームページ(横浜市緑の協会)

山手カトリック教会の前を通る。
周りにはフェリス女学院や、
横浜山手女子高などがある。
カトリック山手教会のホームページはこちら

イタリア山庭園の前まで来たが、
もちろん閉まっていた。
根岸線がこの下を通っているはず。
大丸谷坂という坂を下りて、
石川町駅まで歩くことにしよう。

イタリア山庭園脇の、せみしぐれに包まれた階段を下りていく。
続く坂道がまた急坂。下りるのはいいが、次回これ上るの大変だろうなあと思う。
ただし、長さはさほどでもなく、


石川町

午後6時32分、JR石川町駅着。
駅の中で少し休んで、
6時44分、南浦和行き電車で帰る。

現在のゲーム路銀
¥16,555

今回のルート
1.シルク博物館 2.山下公園 3.氷川丸 4.マリンタワー
5.横浜人形の家 6.横浜スタジアム 7.中華街善隣門
8.よしもとおもしろ水族館 9.関帝廟 10.横浜大世界
11.横浜媽祖廟 12.元町プラザ 14.港の見える丘公園
15.大佛次郎記念館 16.神奈川近代文学館 17.岩崎博物館
18.山手資料館 19.ブリキのおもちゃ博物館 20.外国人墓地
21.元町公園 22.エリスマン邸 23.フェリス女学院大学
24.山手公園 25.イタリア山庭園

横浜市観光情報サイト  観光かながわNow
JR東日本  横浜高速鉄道  東京急行電鉄  横浜市交通局
次回、「日本縦断ゲーセン紀行 95.東京南部・川崎・横浜編(11)」では、
残る山手の洋館をめぐる。
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