ゲイムマンのダイスステーション

日本縦断ゲーセン紀行

192.信長と家康 飛躍の地
〜尾北編(1)〜


スタート時点での「ゲーム路銀」は、「ゲーセン」にちなんで¥5,000(G千)。
ゲーセンでゲームをプレーして、1面クリアーするごとに、
「ゲーム路銀」は¥100ずつ増える。
(ただし、1プレー¥50円のゲームなら¥50ずつ、1プレー¥200なら¥200ずつ。
 ゲームをプレーするためのお金も、「ゲーム路銀」からねん出する)
この「ゲーム路銀」だけを交通費にして、日本縦断を目指すのだ!
(前回までのゲーム路銀 ¥4,090




金山

2014年10月17日。今日も8時半起床。今日も4時間半睡眠。
眠くてなかなか支度できず、10時半にようやくチェックアウト。
これ絶対、夕方に「あと30分あれば」って思うパターン。

金山駅にロッテリアがあったので朝食。リブサンドおいしい。
11時6分の準急・新可児行きに乗って名古屋駅へ。11時10分着。
今日はここからスタート。


名古屋

今日のナナちゃん人形は薬剤師。
今日から「薬と健康の週間」だとか。
3日前までは名古屋まつりのPRで、
相当派手な衣装だったらしい。

新しい大名古屋ビルヂングの建設が進んでいる。

これまで名古屋を中心に、金城ふ頭とか瀬戸とか鳥羽とか、
いろんな所に寄り道してきたが、これから最後の寄り道。
観光名所が多い、犬山へと向かおう。

本当は去年、上飯田に行ったときに、そのまま北上して犬山へ行くつもりだった。
でも真冬の遊園地は寂しいのではないかと思い、
真冬がベストシーズンの、なばなの里へ先に行ったのだった。
鳥羽まで行って戻ってくるまでに、まさかほぼ1年かかるとは。

そういう経緯があるので、今回も上飯田経由で犬山を目指すことにした。
地下鉄桜通線に乗る。11時34分発の徳重行き。
38分、久屋大通駅で降りて、名城線に乗り換え。45分発の大曽根行き。
53分、平安通駅で降りて、上飯田線に乗り換え。58分発の犬山行き。
車両は名鉄の300系。

平安通を出ると、次の駅は上飯田。
ここまでが市営地下鉄上飯田線、この先は名鉄小牧線。
1年前はここで降りたが、今回は名鉄小牧線区間に入る。
ここで鉄道会社が変わったとは思えないくらい、ごく自然に名鉄区間に乗り入れる。

地下鉄区間じゃなくなっても、けっこう長く地下を走る。
地下から出た所が味鋺(あじま)駅。
新地蔵川を渡ると高架に入った。のどかな平日午後の住宅街。
(左の公園に、二子山古墳という前方後円墳があるのだが、気づかなかった)

上下2層になっている道路の間を抜ける。
上が名古屋第二環状自動車道、下が国道302号。
(名二環に並行して、東海交通事業の城北線もある)
地平に下りる。味美(あじよし)駅。

少しずつ景色が郊外っぽくなってきた。工場が増え、農地もところどころある。
春日井駅。JRの春日井駅とは全く別の場所にある。
この旅で春日井市を通るのは2回目だが、結局、
高蔵寺駅で乗り換えた以外どこへも降りなくてごめんなさい。
ゲーセンはいくつかあるみたいなのだが、駅からやや離れているらしい。

工場や農地がまた少し広くなってきた。牛山駅を出ると、右手にススキの穂がなびく。
田んぼもある。稲刈り中だろうか。
間内(まない)駅。右手に武士の銅像が建つ。浅井長政の像らしい。
長政の子孫が、近年までこの地に住んでいたという。

線路は高架となるが、すぐ下りて今度は掘割へ。
小牧口駅。掘割の中なので景色は見えない。
駅を出ると、地下に入った。

12時15分、小牧駅着。ここで降りた。
ゲーム路銀 ¥4,090-¥570=¥3,520


〜国際センター〜丸の内〜久屋大通〜市役所〜名城公園〜黒川〜志賀本通
〜平安通〜上飯田〜味鋺(あじま)〜味美(あじよし)〜春日井
〜牛山〜間内(まない)〜小牧口〜

小牧

ホテルやスポーツジム、
観光案内所などが入る駅ビル。

駅前に、「名古屋コーチン発祥の地」碑。
1882年(明治15年)頃に、
海部壮平・正秀兄弟が、
地鶏と中国産九斤(バフコーチン)を
交配して作ったのが始まりらしい。

歩道橋の上に、吉五郎というキツネの像。
かつて小牧山に住み、
尾北一円を治めていたという
伝説の狐だそうだ。
子供をたいへんかわいがったとか。

コインロッカーの場所がわからずに少しうろうろし、観光案内所で尋ねる。
改札前の売店のすぐそばにあった。さっき通ってたのに、なぜ気づかなかったのだ自分。

昨日くらいの暖かさだが、風が強い。
バスで小牧山に行こう。バスターミナルは東口にあるらしい。

東口は、2006年に廃止された新交通システム、
桃花台(とうかだい)新交通の駅舎だった。

明日から小牧市民まつりが始まるそうだ。
駅前広場で準備が進んでいる。

桃花台新交通のループ線が残っていた。
桃花台新交通の車両は、
前後が決まっていたので、
小牧駅に着いた車両が折り返すために、
このループ線が必要だった。

小牧山の最寄りバス停は「小牧市役所前」。
市役所へ行く系統はいくつかある。
なまじバスターミナルが広くて、各系統の乗り場が離れている。
しかも時刻表が乗り場にしかない。

バスターミナルの端から端まで回って、時刻表を確認したところ、
次に市役所へ行くバスが来るのは10分後。
これなら小牧山に着く時刻は、歩いて行くのと大して変わらないと思い、
結局歩くことにした。

駅から小牧山までの道は、
「信長公 夢・チャレンジ街道」と
名づけられている。
歩道には信長の半生(小牧山城築城まで)が
描かれている。

目指す方向に、小牧山とお城が見えてきた。
道路沿いには、大きめのお寺がいくつかある。

チャレンジ街道から南にそれて、小牧山の入り口となる小牧市役所前バス停へ向かう。
途中、メナード美術館の前を通った。
メナード化粧品創業者夫妻の、貴重な美術コレクションが展示されているそうだ。
時間がないので立ち寄れないのが残念。

メナード美術館

小牧山の入口に到着。
25分歩いた。
バスより早く着くことはできなかったようだ。
ここでもお祭りの準備が進んでいる。

山なので、ここから先は上り坂である。
標高85.9メートルの小さな山だが、平地の中にぽつんとあるので、
戦国時代に重要な拠点となったのもよくわかる。
頂上からは遠くまで見通せるだろうし、また高い所から攻め込まれることもない。

春にはお花見の名所になるという、桜の馬場の横を通る。
近くに、狐の吉五郎をまつった小牧山稲荷神社の赤いのぼりが目立つ。
道が舗装道路でなくなった。しかも複雑に入り組んでいる。
さっき観光案内所でもらったパンフレットが役に立つ。

山頂のお城に向かう階段を上っていく。

昼なお薄暗い山道。

まっすぐな道が不正解で、直角に折れた分かれ道が正解、
というトラップにハマりながらも、一歩ずつ一歩ずつ登っていく。
真夏じゃなくて本当に良かった。

ようやくお城が見えてきた。
下の斜面に転がる大石は、
信長が築いた石垣の石だそうだ。

お城の入口に、
小牧山を当時の小牧町に寄贈した
尾張徳川家19代・徳川義親公の像が建つ。

小牧城に入ろう。
正式には「小牧市歴史館」という建物で、
1968年(昭和43年)、実業家の平松茂氏が、
この城を建てて小牧市に寄贈した。
京都・西本願寺の飛雲閣が
モデルになっている。

ちなみに、この小牧市歴史館は「小牧城」とよばれているが、
戦国時代ここに存在した城は「小牧山城」。
史跡としての城跡と、現在ある建物を、わかりやすく名前で区別しているのだろうか?

小牧城に入る(入館料¥100)。7年前に改装されたので、中はかなりきれい。
1階の入口近くでは、小牧山と小牧市の歴史に関する展示がある。
近年行なわれた発掘調査の映像が流れている。
信長が築いた城は短期間しか使われなかったので、従来は簡素なものと思われていたが、
この発掘調査で、石垣のある本格的な城だったことが明らかになった。

1563年(永禄6年)織田信長は、美濃の斎藤氏攻略のため
小牧山城を築き、清須城からここに引っ越して居城とした。
(その際、ふもとに町を整備しており、これが城下町の元祖とみられる)
しかし1567年(永禄10年)、美濃攻略に成功すると、
信長は斎藤氏の居城だった稲葉山城(岐阜城)に移り、小牧山城は廃城となった。

信長の死後、1584年(天正12年)に小牧長久手の戦いが起こる。
犬山城から南へ攻め込む豊臣秀吉の軍勢に対抗するため、
徳川家康と織田信雄はここに陣城を築いた。
楽田(がくでん)まで来た秀吉だったが、小牧山城に攻め込めず、
やがて家康の本拠地・三河へ向けて軍を動かす。
(その後の戦いについては、長久手古戦場公園を訪れた回で書いているので、
ここでは詳しく述べない)

過去の発掘調査で出てきた皿や椀などの陶器、
「佐久間」と墨書きされた石垣の石、井戸の模型、本丸石垣のジオラマなどが
展示されている。
この建物を建てた、平松茂氏の愛蔵品も展示。染色工場を造って財を成した方だそうだ。

1階の奥では、江戸時代以降の小牧の街の歴史を解説。
信長時代の城下町は小牧山の南にあったが、
上街道(木曽街道)整備の際に東へ移り、小牧宿となったそうだ。

江戸時代末から養蚕が盛んだったそうだ。
明治時代に大山焼というやきものがあったが、明治の末に全窯廃業している。
小牧のお祭りには、尾張でよく見られるタイプの、からくり人形のついた山車が出る。
くしくも長久手と同じく、「棒の手」という、棒術をもとにした舞踊が伝わっている。

昔の教科書、アイロン、キセルなどが展示されていた。
正眼寺というお寺に伝わる、銅造誕生釈迦仏立像のレプリカも。
天と地を指さすお釈迦様の像。重要文化財だが、高さ8センチ余りとたいへん小さい。
造られたのが飛鳥時代(7世紀中頃)で、日本に現存する最古の誕生仏の1つだそうだ。

2階へ。縄文・弥生時代の遺跡や、古墳、白鳳・奈良時代の古窯跡からの出土品を展示。
また、小牧・長久手の戦いについて、解説文に加えて、
地形ジオラマ、映像展示などを用いて、詳細に解説されている。
長久手古戦場公園を訪れた回で書いているので、ここでは詳しく述べないが、
小牧における秀吉・家康両軍の布陣が、ジオラマでわかりやすく示されていた。

小牧市歴史館(小牧城)

3階の休憩室を経て、いよいよ4階の展望室へ。
平野の中の山なので、四方にさえぎるものがなく、遠くまで景色がよく見える。
細いながらも回廊があり、外へ出られる。風の音が凄い。

南側。名古屋の市街地がよく見える。
名古屋駅(JRセントラルタワーズ)や
ミッドランドスクエアはもちろん、
名古屋テレビ塔も見えるし、
ナゴヤドームも見える。

町なかに、ぽっかり広くあいた空間があった。
ここが名古屋空港。

東側に小牧駅が見えた。
(写真のやや左上寄りにある茶色い建物)
向こうの山は猿投山(さなげやま)。

少し右に目を移すと、
瀬戸デジタルタワーがあった。
あのあたりが長久手古戦場。
ずいぶん遠くで戦が起こったものだ。
ここから戦況は見えていただろうか?

北側は風が強い。
犬山城の方向だが、ちょっと見えない。

ひときわ大きく見える山がある。
あれが御嶽山らしい。
ここから見えるとは思ってなかった。
山頂から煙が出ているように見える。
黙祷して、
亡くなった方々のご冥福をお祈りした。

西側には岐阜の金華山。
斎藤氏の稲葉山城があった所で、
ここを攻め取るために信長は小牧へ来たのだ。
斎藤龍興を敗走させた信長は、
小牧山城から稲葉山城へ移り住み、
稲葉山城の名前を岐阜城と改めた。

一宮のツインアーチ138。

伊吹山も見える。
小牧山から見る景色には、
目立つ建物や山が多い。

これだけ広い範囲が見渡せるんだから、戦の重要拠点になるのもうなずけると、
改めて感じた。

帰りはまっすぐな道を下りてみた。
急坂だけど下りだから大丈夫だろうと思っていたが、
まあ道が細い。
そして膝に来る。
でも、ほどなくして桜の馬場に出られたから、
この道で正解だったかも。

さらに下りると、道の右側に、
尾張藩9代藩主・徳川宗睦(むねちか)をまつる「徳川源明公の碑」があった。
もともと名古屋の建中寺にあったものだが、ここに移設された。
パンフレットによると、
宗睦が小牧に代官所を設けたことが、小牧発展の礎になったという。

小牧市歴史館(小牧城)

大手口に出た。道の向かいは小牧市役所。建物が新しい。
小牧山のふもとには白い建物があるが、これが以前の市役所だったらしい。
旧市役所の建物は外形をとどめているものの、現在解体工事中。

小牧山の反対側に、間々観音というお寺があるそうだ。
遠いので立ち寄らないが、おっぱいのお寺として有名。
境内のあちこちに、おっぱいをモチーフとしたデザインが見られるそうで、
特に、びっしりと並ぶ絵馬が壮観らしい。

もとは小牧山の、今では観音洞(かんのんぼら)と呼ばれる場所にあったらしい。
狩人が母子の鹿を仕留めたところ、母鹿が観音像になったので、
自分の行為を悔いた狩人が、その観音像をまつったのが始まりといわれる。

時刻は午後3時45分。
アピタ小牧店で、遅いお昼ごはんを食べる。
カレーうどん。

店内マップを見ると、ゲームコーナーが2ヶ所ある。
1階の「プチポシェット」は、アイカツ、パズドラZ、ドラゴンボールヒーローズ、
妖怪ウォッチともだちウキウキペディアなどのキッズ向け筐体と、ガチャガチャ。
妖怪ウォッチはここでも人気。

2階「G・SQUARE」。プライズとメダルがメイン。ほかにキッズ向け、のりもの、プリクラ、
エレメカ(ボールを投げて的に当てる台や、野球モチーフのコリントなど)、
太鼓の達人、マリオカート2、レッツゴージャングル(ガンシューティング)、
アンパンマンのかくれんぼ大作戦(もぐらたたき)。

最近、お年寄りの方がゲーセンでメダルゲームを楽しんでいるという報道を目にするが、
それって本当なんだなと感じる。
この店舗でも見かけるし、昨日もイオンで見かけたし、
ゲーセン紀行以外でもときどき見かける。

隣のフードコートのスガキヤで、マロンクリームのかかったソフトクリームを食べた。

午後5時を過ぎた。若干暗くなってきた。バス停へ。
駅前と違って、全系統の時刻表が並んでいて見やすいが、
いちばん早いバスでも15分後。歩いて駅まで戻ろう。

……歩き始めて3分くらいで、後ろからコミュニティバスが追い越していった。
目が点になる。
バスは時刻表通りに来るとは限らない。

駅の近くのアルプラザという
ショッピングセンターを一応のぞいてみたら、
2階にゲームコーナーがあることがわかった。
行ってみた。

ゲームコーナーは意外と広かった。
プライズ、メダル、キッズ向け、プリクラ、音ゲー。
タイムクライシスIIもある。のりものもあった(ミニアンパンマン号)。

確か、アルプラザの2階から駅まで歩行者デッキがつながってるはず、
と思って2階から外へ出てみたが、デッキは駅までつながっておらず、
階段で一度地上に下りた後、また上がって、また下りるはめに。
無駄に疲れた。道理でこのデッキを歩いてる人がいないわけだ。

小牧駅到着。脚が疲れたし、不満めいたことも若干書いたけど、
独特の歴史がある町を堪能できて、面白かった。

午後5時50分。今日はもうこの先に進めないので、続きはまた明日。
ロッカーから荷物を出して今日の宿泊地へ向かう。
5時59分発の平安通行きで、ひと駅戻って小牧口で降りた。
ホテルの部屋でしばらく野球中継を見た後、
コンビニに行って弁当を買い、部屋に戻って野球を見ながら食べた。

現在のゲーム路銀
¥3,520

今回のルート




名古屋観光情報  春日井市観光協会  小牧市観光協会  愛知県観光ガイド
名古屋鉄道  名古屋市交通局  JR東海  東海交通事業

次回、「日本縦断ゲーセン紀行 193.尾北編(2)」では、
小牧から北上して犬山城を目指す。
「日本縦断ゲーセン紀行 191.伊勢・鳥羽編(12)」に戻る


「ゲイムマンのダイスステーション」タイトルページに戻る
「ゲーム脳」徹底検証シリーズ
※これより外部リンク ダイスステーション トップページ

「ゲーム脳」徹底検証シリーズ
※これより外部リンク ダイスステーション トップページ